小説 『危険な竿先』
「こうやって、釣り竿を上下に揺らすと釣れやすいよ。ほら。」
彼は私の釣り竿に手を添えてゆっくりと動かした。強く竿を握りしめている自分の手汗に触れないよう、さりげなく自分の右手を下にずらす。
幸い、彼は何も気づかず竿を動かし続けていた。『ありがとうございます』『不器用ですみません』自分が何か答えるべきだと分かっているのに、どれも不相応な気がして言葉に詰まってしまった。波の音が静寂の時間を引き延ばす。
「あ、まずい。」
やがて彼はパッと私の竿から手を離すと、コンクリートの上でじたばたと暴れる自らの釣り竿を慌てて拾い上げた。力みながら取っ手を回す右手が、器用にネットを取って魚を掬う左手が、西日を反射して輝く青い鱗よりも私の目を惹きつける。
小指に目立つ赤いネイルは誰に塗ってもらったのだろうか。
「今日は結構調子いいかな?」
少し声を弾ませながら彼は魚から針を取り、バケツにそっと移し入れた。ようやく仲間と巡り合えたバケツの中の魚たちは、先程より落ち着いて泳いでいるように見える。今日彼を喜ばせているポイントで言えば、私より魚たちの方が高得点だろう。
僅かなジェラシーとともにジト目でバケツを眺めていると、その中の一匹と目が合った。けれど、魚は私の方を軽く一瞥するとすぐに目を逸らした。
ああ、そっくりで嫌になる。臆病で無愛想な私と。
彼は再び針先に餌を刺して遠くに投げた。そしてそのまま私の方を見て、軽く目尻に皺を寄せた。それを見て口をパクパクさせるしかない私は、やはり魚そのものだ。
魚なら魚らしく、君に釣られておこう。