小説『夏みかん』(作:雅哉)
僕は、あの子の素顔を見たことがない。あの忌々しいウイルスから僕たちを守るため、大人たちはマスクの着用を義務化した。だから僕は好きな女の子どころか同級生の顔もまともに見たことはない。不便かって言われたらそりゃ不便だけど、病気になりたくなければするしかないよね。コミュニケーションはもっぱら目の部分を見て。ただ人と目を合わせるのはなんだか気恥ずかしい。そんな状況だから、くしゃっと目を細めて軽やかに笑うあの子に、僕は強く惹かれた。あの子の笑顔をずっと見ていたいと思う。たとえマスクの