【早稲田祭2024企画×文芸分科会小説】『いろどり』 作:おれお
企画概要
早稲田祭2024企画として「奥華子トークショー in WASEDA ~あなたと恋を語りたい~」を開催するにあたり、文芸分科会では奥華子さんの楽曲に着想を得た小説の執筆を行いました!この企画では、文芸員が各自好きな楽曲を選び、執筆した小説全3作品を順次投稿予定です。
今回は第一弾となる小説『いろどり』を投稿します。
ぜひ、楽曲を流しながら、歌詞を見ながら、読み進めてくださいね。
トークショーの詳細については以下をご覧ください。
今回の楽曲
DROP - 奥華子
ポップな曲調ながら心にぽっかりと穴が空いたような切なさを感じる歌詞、グッときます。(おれお)
いろどり 作:おれお
僕はソファにもたれてテレビを見ていた。画面が次々切り替わる。ぼやけた顔が何か言う。どっと笑い声が起きる。僕も笑う。笑いながら、体ごとひねるようにして顔を左に向けた。
「――。」名前を呼ぶ。
小ぶりのダイニングテーブルを挟んだ向こう側、キッチンに向かう後ろ姿がある。狭い部屋だから距離はそこまで離れていなくて、彼女は僕の声にすぐ振り返った。肩の下まで伸びた、まっすぐの髪が揺れる。白い頬が、鼻先が見え、しかしその先の表情がはっきりとしない。とたんに辺りが静かになる。笑い声も、彼女の姿も遠ざかって、僕はそのまま深い深い闇へと落ちていく……。
冷たい風が吹き込んで、僕は思わず身震いした。窓を開けたまま寝てしまったらしかった。どうにか体を起こす。長い間おかしな姿勢でいたせいか体のあちこちが痛んだ。くだらなくて消してしまったテレビの真っ黒な液晶に僕が写りこむ。少し笑えてしまうくらいに、ひどい顔をしていた。
明るかったはずの空はすっかり茜色に染まって、雲と薄暗い部屋の床をじんわりと照らしている。味気のないくすんだ白のカーテンが、これもうっすらオレンジ色に染まって、揺れていた。取り替える前のカーテンは痛いくらいにカラフルで、その前は今と同じような白だった。初めて部屋に来た日から彼女があまりにうるさく言うものだから、僕が根負けして買い換えたのだ。目に鮮やかなグリーン、差し色の赤、黄色……。「彩りは大事だよ。料理にも、人生にも」彼女はしきりにそういった。はじめはひどく落ち着かない心地がしたけれど、いつしか僕は部屋に揺れる色たちをたまらなく愛しく感じるようになっていた。
再び色を失った部屋に、僕はいる。僕だけがそこにいる。単に彼女が来る前の、僕による僕のためだけの部屋、もとの自然な状態に戻っただけだと思うのだけれど、一方でどうしようもないほど空しくなる自分がいて、それは日を重ねるごとに薄れるどころかいっそう濃くなっていくようだった。
白は色とりどりに飾られて、特別が日常になった。一度染みついてしまった色は、当たり前になってしまった日々は、もう完全には消えてくれない。そこかしこに跡を残して、僕はそれに囚われ続けている。
ひどく腹が減って冷蔵庫を開ける。瞬間、僕は手を止めた。彼女が残した手製のドレッシングに、かわいらしい柄のラベルが貼ってある。もう何度も繰り返し見た、丸みを帯びた文字。なんてことない短い言葉。それに触れるだけで、僕はまるで魂を奪われたように動けなくなる。
彼女の痕跡を見つけるたびに、もう戻らない日々が鮮明に蘇っては消えていく。笑顔、泣き顔、怒った顔、僕に投げかけられる様々な声、冷たい涙のしずく、触れた肌のあたたかさ。
そしてそのたびに、僕はキッチンに彼女の姿を探す。頭ではとうに分かっているはずなのに、どこか現実離れした心のまま何度も何度も。
あの日あのとき、彼女はどんな顔をしていたのだったか。今どこかにいるはずの彼女は、どんな顔で何を思っているのだろうか。
彼女はもう、ここにはいない。
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