【No.1509】自分の意見を言うことも大切だが?
こんにちは、前のめりの藤倉です。
秋は過ごしやすい季節で、仕事も好調。ご機嫌です。
仕事は人の役に立つことを、人のために。と言われますが、衝撃的な質問をされました
「私」という言葉を何回使ったか、考えたことはありますか?
自分中心の思考が、意識しないうちに日常の中でどれほど繰り返されているか気づかされる質問です。
例えば、こんな言葉が頭をよぎることはありませんか?
「私はこんな仕事をしたくない」
「私は勉強したくない」
「私は本を読むのが嫌いだ」
こういった否定的な感情が浮かぶこともあるでしょう。それだけではありません。
「私は残業したくない」
「私は忙しい」
「私は疲れている」
「それは私の仕事じゃない」
これもまた、「私」に支配された思考です。
一方で、ポジティブな活動においても同じような傾向が見られます。
「私は頑張っているのに」
「私はちゃんと説明したのに」
「私は締め切りを守ったのに」
「私は提案を出し続けているのに」
「私はこんなに残業しているのに」
やったことだけを見たら良いことのはずなのに、これらの言葉は「私はこれだけやったのに、なぜ?」といった形で、自分の努力や貢献が評価されないことへの不満に直結してしまうことがあります。
ここで立ち返りたいのは、「仕事は誰かのためにするもの」という基本的な考え方です。「私」という思考には、相手が抜け落ちています。
もちろん、自分が楽しむため、自己成長のためにすることもあるでしょう。しかし、最終的には「誰かのためになる」という視点が欠かせません。
もし「私」「僕」「俺」に偏りすぎると、物事を狭い視野でしか見られなくなる危険性があります。一歩引いて、自分の行動や言葉が周囲にどのような影響を与えているかを考えることが重要です。
仕事が誰かのためであるなら、まずは「その仕事を通して、どんな価値を提供できるか」という視点を持つべきではないでしょうか。自分が努力することで、誰かの生活や人生が少しでも良くなる——その意識こそが、仕事の本質であるように思います。
「私はこんな仕事をしたくない」「私は勉強したくない」自分の欲望を大切にするのも大切ですが、「誰かのために」と考えればそれらが必要な場面も出てくるでしょう。
「私は頑張っているのに」「私は提案しているのに」相手が分かってくれなくて評価されないと嘆く前に、そもそもそれは直接的にせよ 間接的にせよ「私」のためになっていませんか?「誰かのために」なっているか振り返るべきかもしれません。
まずは「私」という言葉を何回使ったか?を数えるところから始めてみましょう。視野を広げ、周囲とのつながりを感じながら、一歩ずつ前に進む。それが「誰かのためになる仕事」への第一歩です。
今日は自戒を込めて。
ということで、今日も1日「優柔不断は誤った決定よりなお悪い」「あらかじめ○○していたら、あとで楽になる」という言葉を胸に、結果の有無に関わらず、前のめりに邁進してまいります!!
■■今日の教訓(ポイント)■■
「私」や「僕」から「誰か」や「みんな」への視点を持とう。
■■以上■■