【小説】心の裏側を見透かされた話

 2022年に書いた掌編小説。


 妙な音を発しながら、道に転がる石が、分もわきまえず、俺に睨みをきかせてきた。俺は腹が立った。たかが道端で幼児に蹴られるくらいしか役に立ちそうもない鉱石のかけらごときが、この俺に、チンピラか何かを眺めるような侮蔑的な目つきをぶつけてこようとは……「夢にも思わないこと」は数あれど、こいつは少し度が過ぎている。数ある「夢にも思わないこと」の中で、起こったのがたまたまそうしたことだったことに、何か深い意味があるのではないか、と、不吉な考えが頭をよぎりそうになったくらいである。不吉さを振り払うべく、俺はとっさに、別のことを考えようとした。
 ところが俺が別のことを考えようとしたのを見計らうかのように、またしても、石が、妙な音をこれみよがしに発するのだ。俺は腹が立った。たかが路上に転がる鉱石の分際で、俺の考えを見透かしたかのように、ぴったりのタイミングで音を発するだけでも腹立たしいことであるが、そればかりか、まるで、チンピラか何かを眺めるような目つきで、俺を睨みつけることによって、「石ごときからチンピラと思われる程度の男」として、俺のプライドを傷つけようとする意図すら垣間見えるのだから、俺にとっては屈辱的だった。
 随分と舐められたものである。石の発する妙な音は、チンチロチンチロと聞こえた。ふざけた音だ。「チロ」を「ピラ」にすれば、そのまま俺を罵倒する文句として機能するような音を、あえて選んで発するこの石の悪意が感じられて、俺は腹が立った。
 「石め」と言いながら、俺は、蹴り飛ばしてやるつもりで石へと歩み寄った。
 そこへ、労働者風の男が通りかかった。いかにも体力に満ち溢れている風であり、いかにも、これまでの人生で、すべての問題を腕力で解決してきた風であった。自分の頭でものを考える習慣を欠いている者に特有のだらしない口元からは、どうせ、タバコ臭い痰やら、汚いスラングやら、猥談やら、差別的言辞やらをこれまで散々吐き出してきたのだろう。顔を見れば、業の深さが一瞬でわかる。こういう男にはなるべく近寄りたくないものだ。
 だが都合の悪いことに、俺が石へと歩み寄る動作は、最初から最後まで男の視界に入り込んでいたらしい。男は、「おい、あんちゃん」と俺に声をかけてきた。声をかけてきてほしくない通りすがりが俺に声をかけるのは、よくあることである。業の深い男に限って俺に声をかけてくるのだから、俺の業も浅くはないらしい。
 俺はなるべく軽蔑する気持ちをさとられないよう、自然を装い、「なんでしょうか」と返答した。体力の他になんの取り柄もなさそうな男の機嫌を損ねては、どんな目に合うかわからない。
 「あんちゃん、その石がどうかしたのかい」と男は言った。
 まさか、石が俺を侮辱したのだと正直に言うわけにはいかない。人間ではない「物」たちの発する音について言葉を尽くして説明しても、理解を得られた試しは一度もないのである。理解を得られないだけならまだしも、狂人か何かを見る目つきでじろじろ見られ、石などを投げつけられたことだって少なくない。石を投げる人、人に投げられる石、双方から馬鹿にされ、屈辱に打ち震えるようなことは避けたい。
 俺は自然を装い返答した。「いえ、路上の石をなにかのはずみで意識して、そちらに近づいてみることは、そんなに珍しくもないことです。たまたま貴方が一部始終を目撃した俺の動作が、何か深い意味をほのめかすことのように感じられたとしても、それは貴方が勝手にそう思っただけのことで、俺はけして、石をどうかしようとしたわけではないのです。つまり、例えば、石がチンチロと音を発しながら俺を侮蔑するからといって、石を懲らしめようとするような真似をしたわけではないのです。いや、これは例えばの話ですよ」結局、全部話してしまった。
 俺が話し終わると、男は口元を軽くほころばせ、「ふーん……」と言った。どことなく侮蔑的な響きがある。やがて口元のほころびは大きくなり、笑い声が溢れ出た。
 「おい、聞いたかよ!」と男が叫んだ。
 呼応するかのように、石がチンチロと音を発した。
 「こいつ、チンピラのくせに、お前を懲らしめようとしたらしいぜ!」と男が言った。
 石が、また俺を馬鹿にするような音を発した。
 「こいつ、お前より立場が上のつもりでいるらしいぜ!」
 男と石は、俺を挟み込んで侮辱した。
 俺は、屈辱に打ち震えた。




(2022年執筆)

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