見出し画像

『もう急がなくていい。』第176言

よし、「レジ現象」と名付けよう。

空いているレジに並んだはずなのに、自分のレーンだけ進みが遅い。
そして自分より後に並んだ人がレジに進んでいるのが見えてしまうw

とか

やっと次の番となった時に、前のひとが会計で手こずる。
そして隣のレーンからは「お次のお客様どうぞ~」の声が聞こえてくるw

とか

ささいな「レジ現象」にイライラしてしまったことはないでしょうか。

わたしはこのイライラと、
イライラしている自分がイヤで、
ある時から、急ぐことを手放すことにしました。

「ど~ぞ、ゆっくりやってください。
この数分で何が変わるわけでもナシ」

別になんら困っていない自分に気づかされます(o^―^o)

ところが、スーパーのレジ、映画館の飲食コーナーのレジ、、プライベートでは難なくこなせるのに、仕事になるとそうじゃない自分に気づきました。

いつからだったんだろう

急ぐようになったのは。。

▶秒針つき時計を指定されるほど、時間に正確性を求められた仕事についていた時だっただろうか。

▶それともテトリスのように期限内に「さばく」必要があったあの日々だっただろうか。

▶はたまた「ムリ・ムラ・ムダ」をなくそうのスローガンに乗った時期だっただろうか。

過去の経験からしみついたものって無意識だったり無自覚だったりします。

気づいたところで
「効率的で、仕事が早いなら良いのでは?」
「何が悪いの?」
と修正がかけにくくなっていたりします。

だけど、

諸行無常、万物は流転する(いきなりw)

今ここ」を冷静に見つめた時に

ああ、今は「過去にいたあそこ」ではない

と気づきます。

別に過去のそれが悪かったわけじゃない、間違っていたわけじゃない。

過去の「その時点のわたし」にちょうどいい環境があって、そこで求められるものがそこにあっただけだ。

だけど、今はそれが窮屈になってきたんだろうな、自分にも人にも。
ファッションと同じかもしれません。

今の自分に合うかどうか。

「今日は急ぐことを手放すぞ!」と仕事に行ってきました。

無論、遅刻していいとか、やることやらなくていいとかではありません。

「レジ現象」と同じように、急ぐことを手放してみたのです。

もう急がなくていい。

その声が安心で。

「ど~ぞ、ゆっくりやってください。この数分で何が変わるわけでもナシ」

別になんら困っていない自分に気づかされます(o^―^o)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?