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『終戦とは何か』第181言

終戦の日の今日、英霊の、同胞のみなさまに心を手向ける時、

どこまで 想えば いいの だろう

そんな思いに駆られました。

あの時、戦地で全身全霊で戦ってくださった方?

いや、戦中戦後、生き残り、全身全霊で生き抜いてくださった方だって。。

いやいや、日本人だけじゃない、あの戦いで命がけで大切な国、家族を守ろうとした人はみな同じ。。

いやいやいや、あの時だけじゃない、過去だって、そして今だって・・・。

平和を祈るとき、どこまで想えばよいのか、正直わからなくなりました

そんな折、今日みたTV番組の最後、戦争はいけないことだと6歳の子に語るひいばあちゃん。

ひいばあちゃん「日本人がたくさん死んだんだよ」

6歳の男の子「敵もたくさん死んだ」

・・・。

前世、先の大戦で戦ってたでしょ、と大真面目に思えてくる言葉です。

でも、それが真実ですよね。

善か悪か、正か誤か

強か弱か、勝か敗か

そんな「ものさし」で観ていたら、わたしたちはまた同じことを繰り返すのかもしれません。

わたしには敬慕・敬愛するチェロ奏者がいます。渡部玄一氏。


彼が父のことを書いた本「明朗であれ 父、渡部昇一が遺した教え」の中で心に強く響いた言葉があります。

何が「正義」であるかなんて子供でも未熟な人間でも知っている
「知っている」ことなんて実はつまらんことで、身を持って体験し反省して、ほんとに大切なことが腑に落ちるのだ

「戦争がいけない」ことだということは実は誰だって知っている。

でも確かに、それを「知っている」ことは実はつまらんことなのかもしれません。

何が 善か悪か、正か誤か

誰が 強か弱か、勝か敗か

そこにあってはいつまでも前に進めないのかもしれません。

▶『ことがらの真偽』

▶本当は何があったのか、本当はなかったことは何か

その追体験なくして、反省し、ほんとに大切なことを腑に落とすには難しいのかもしれません。

「戦争だったから仕方ない」

「戦争ってそういうもの」

「だから戦争はいけない」

それだけじゃ、「正義」でしかないのかもしれません。

それで言ったら、さらなる過去は

「戦国時代だったから仕方ない」

「戦国時代ってそういうもの」

「だから戦国の世はいけない」

そう言っているのも同じで、何も進歩していないような気さえしてくる。

進歩したのは武器の殺傷能力だけかと、乾いた笑いで自虐もしたくはない。

あの男の子が言ったとおりなんだよな。

自分も死んだかもしれないが
相手も死んでる。

自分がこれが正義だと信じて殺せば
相手もこれが正義だと信じて殺す。


「他人は自分を映す鏡だ」と言いながら 他人を別物だと思い攻撃する。

だけど結局、鏡だから、その他人も自分を攻撃してくる。

「自他はない」もとはひとつ、であることを、皮肉にも正確に証明する。


撃ち抜いた敵の胸ポケットに
自分と同じように笑って妻と幼子と一緒に映る家族写真

母親が爆撃で死んだのだから報復として当たり前だ
そう言って殺した相手にも自分と同じように親兄弟がいることを知る

「爆撃機の操縦士」「戦没者 約〇〇〇名」
(わたしは そんな名前じゃない)
どのひとにも ひとりひとりに、姓名、フルネームがある

忘れてはいけない。

あなたの中にわたしと同じ 光明があること
わたしの中にあなたと同じ 光明があること

そもそも 本当に 敵なのか?

相手は自分を映す鏡ならば

そのひとは わたし ではなかったか。


***追伸***
以前、歴史①~⑬で、先の大戦について、引き継がなければならないことを書かせていただきました。歴史家でも専門家でもないわたくしが、これだけの膨大な資料に辿りつけたのもひとえに、同胞のみなさまの力添えがあったからだと感じます。あの時も今も護ってくださり、ありがとうございます。

歴史① パール判事
歴史② 昭和天皇
歴史③ 市丸閣下
歴史④ 尾辻是清中尉
歴史⑤ 特攻隊(海軍)
歴史⑥ 楠公精神
歴史⑦ 特攻隊(陸軍)
歴史⑧ 山本五十六という人物1
歴史⑨ 山本五十六という人物2
歴史⑩ 逃げ足
歴史⑪ 山本五十六という人物3
歴史⑫ 「九鳥敵」の正体
歴史⑬ 番外編


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