見出し画像

"真面目" なのは悪いこと?

 皆さんこんばんは〜。本日も記事を書きます。

■ 真面目を評価されるのは嬉しい

 さてこれは金曜日に会社のとある人から言われたことなんですが「やっぱさ〜根がすごい真面目だよね!」と。

 真面目にやっていることを笑わずにいいねって言ってくれる人って社会に出るとあんまりいないんじゃないかなと思っていたので、素直に嬉しかったのを覚えています。

 人の真面目な部分って他人に笑われがちですよねー。
 言葉を選ばずに言うとクソだと思ってますが笑

 人はみんな自分にしかない人生を歩んでいるわけで、それぞれの感性や考え方って例え同じような組織にいても異なってくるわけですね。よって、本気になるポイントや真面目になって主張したいことも微妙に違ってくるわけです。

 その人オリジナルの主張をしようとすればするほど、他人はそれを理解することができずに「社会的でない」というラベルを貼りつつ嘲笑します。

 それを安っぽい冗談っぽく流して自らの心の安寧を得ようとする輩には積極的に争っていこうと思います。

■ 真面目が笑われるのは当たり前

 まあでも、真面目な部分を笑いたくなる気持ちも分かるんですけどね。それだけでやっていけるほど甘くないことなんていうのは社会に出ればすぐにわかります。

 生い立ちや学歴、会社の規模などの社会的な信頼というものが、意味を持つ持たないに関わらずいかに重要な武器になるかということを社会に出て思い知りました。

 何の箔も実績もない人間が「俺はこう思う!」って叫んでも「え、お前誰?」で終わりですからね。残酷な世界です。

 実際実績のない人間の主張は、過去に先人たちが考え尽くしてきた考えの焼き増しに過ぎなかったり、長期的に人類に貢献していくには浅はか過ぎたりする考えだったりするということが往々にしてあるので、そうなることも当たり前っちゃあ当たり前ですが。

 特にインターネットが普及した現代では、誰もが平等に発信できる自由度があるので本当にインターネット上の言葉というものは玉石混合ですね。

■ なぜ人は真面目を笑うか

 また社会に出ると意外と自分の主義主張をはっきりと持ちながら生きている人って少ない気がしているので、真面目に自分を持っている人間を妬み潰そうとしてくる人もいると思います。

 周囲への見せ方としては「愛の鞭だ」とかいうかもしれませんが、それは全く愛でも何でもなくただの暴力です。

 でもそんな中でも本当に自分を持って、等しく自分を持っている人間を愛を持ってしばいてくれる大人もいます。自分もそんな大人でありたいなあということを強く思いました。

 そんな感じで、今日は日曜日です。
 自分の好きなことを好きなだけ1日にしようと思います。

 

いいなと思ったら応援しよう!