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Vol.13 子どもたちの”よりどころ”

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プロフィール

■篠田 想/24歳
■元不登校六年経験者
■”よりどころ”代表
■大阪府和泉市在住(岡山県生まれ)
■不登校の親子を救う活動中

僕の不登校

私は小学校1年生~6年生までの6年間不登校を経験しました
不登校になった理由は”教室で嘔吐をしてしまったこと”です。
その時近くに居たクラスの女の子2人に「臭い」「汚い」と言われ、パニックになりそのまま不登校へなりました。

学校に行けていない頃は毎日のようにお腹が痛くなったり、人と会うのが怖かったです。
そして何より一番苦しかったのは、
世界で自分一人だけが学校へ行けないダメな子」と思っていたことです。

僕が不登校の頃は、今のようにインターネットも普及していなかったことや、岡山県の田舎の地域に住んでいたこともあり、

”不登校”という言葉すら知りませんでした。
それ以外にも辛かったことは書ききれない程沢山あります。

ある時、毎日のようにプリントを放課後に持ってきてくれる近所の子に久しぶりに遊びに誘われ、凄く嬉しくて近くの公園までワクワクしながら行きました。

しかし公園へ行ってみると小学校高学年の年上の子が8人程居て、一気に囲まれてしまい
「お前学校行ってないのに遊ぶなよ」
「毎日サボっていいよな」


など沢山の悪口を言われ、僕は泣きながら家に帰ったこともあります。

スーパーへ行けば、同級生の目や地域の人の目を常に気にしたり、家に居ても「学校へ行けない」ただそれだけなのに、毎日本当に悩み苦しみ続けました。

そんなことが山ほどあり、人を信用出来なくなっていましたが、両親が安心して過ごせる居場所を創ってくれていたこと、味方で居てくれたことで6年間という長く辛い経験をしましたが、乗り越える事が出来ました。

過去の経験を活かして不登校支援の道へ

中学からは通えるようになり、無事社会人としても社会へ出ることが出来ました。23歳の時に「今自分が幸せに生きていられるのは、一番辛かった時に両親が支えてくれていたからだ」と気付きました。
 そして自分の人生で一番辛かった時期である”不登校”で悩んでいる過去の自分と同じ境遇にいる子ども達を救いたいという思いから、4年間勤めていた会社を辞め、「今度は両親にしてもらった”安心できる居場所創り”を自分がしよう」と不登校支援の道へと進むことを決意しました。

SNSやブログを通じて過去の辛かった経験談を発信していく内に、
沢山の人から共感を頂き1年間で300件以上の相談を受けるようになりました。

その中で、一番衝撃だったのは「親も子どもと同じように悩んでいるんだ」ということです。
僕の両親は決して僕の前で涙を見せたりしなかったから、僕は今まで「自分一人だけが不登校で悩んでいた」と大人になるまで思っていました。

今までは不登校の”子ども達”を救う活動でしたが、自分の両親はもうあの頃に戻って救うことは出来ないけれど、昔の自分の両親のように今不登校で悩んでいる親御さん達を救うことはできるのではと思うようになりました。
 自分の両親も沢山悩み苦しんだけど、それが”無駄では無かった”と思ってもらえるのではないかと思い、過去の自分と同じように悩む子ども達、そして親御さんの為にもっと自分に出来ることが無いか?と考え、不登校の親子に向けた居場所である「不登校交流コミュニティ」を開設しました。
開設から1年半経った現在300名以上の親子が利用してくれています。

より良い支援の為に

そのような形で日々不登校支援の活動を自分なりにしていたところ、今現在一緒に活動を共にしている岩月とSNSを通じて知り合い、ある時「想君はどうやって生活しているの?」と聞かれました。

その中で「自分の貯金を切り崩しながらしているよ」と答えると岩月は驚いていました。

ここまでの不登校支援の活動の中で私は”お金”というものを相談を受けてもコミュニティ作っても利用者から一切頂かず、自分の貯金を切り崩してこの活動を続けてきました。もちろん岩月だけでなく、他の相談者さんからもそのような声は沢山聞かれていました。

しかしそれは自分自身が人生で一番辛い思いをした”不登校”ということでお金を頂くことは自分の意思に反していたし、そもそも会社を辞める時に「自分の今まで貯めてきたお金がみんなの幸せの為になるのなら」と決断していた為、何も違和感はありませんでした。

それを岩月にも伝えると「想君は今とても良い事をしている。だけど想君の貯金がなくなったら、今相談してきてる人たちはどうなるの?」と言われ、答えられない自分が居ました...。

そして岩月は続けて「お金は”ありがとう”の対価だよ。想君がまずは土台をしっかりしていないとこの活動は1~2年で一時的なもので終わってしまう。だから継続して不登校支援を続けるには多少のお金は必要なんじゃないのかな?」と言われ、僕は「たしかに継続しないと意味がない」と思いました。

そして今まで沢山の相談を受けていた中で

・「誰にも相談する人が周りに全くいない」
・「友達を作ることが出来ない」
・「高額なカウンセリング」


など、不登校支援の現状にとても違和感を抱いていたため、
他にやる人が居ないのなら自分創れば良いんだ」と考え、不登校支援の新しい形を作る為に20年以上住んでいた岡山県から大阪和泉市へ引っ越しをしてきて、岩月と共に3か月間毎日不登校について考えてきました。

不登校支援の新しい形

そしてついに2020年12月に不登校の親子や元不登校経験者、不登校の子どもを育てられた親御さんとのやり取りから知った「こんなのあったら良いな」という要望と自分自身の長い不登校経験を詰め込んだサービスが出来る準備が整い「よりどころ」を立ち上げました。
 同時に全国の親子が家に居ながらでも同じ境遇に居る仲間と繋がることができる「よりどこオンライン」と、大阪和泉市にて”不登校の親子の為の居場所「よりどこハウス」をスタートしました。

よりどころを沢山の方が利用してくださり、

「よりどころは子どもにとって安心材料になっている」
「今まで学校へ行くことが出来なかった子どもが突然学校へ行くようになりました!」
「子どもが不登校になってから楽しみが何もなかったけどよりどころのおかげで私にも楽しみが出来ました」

など沢山の嬉しいメッセージを毎日もらっています。

最後に

今のよりどころも客観的に見ると「学校が行けていない親子が利用する場所」なのかも知れません。しかし学校へ行くことが出来なくなって「不」のレッテルを社会から貼られてしまうのは子ども達や親御さんのせいでは決してありません。

子ども達への選択肢が少なすぎるからだと僕は考えています。

・学校へ行く

・学校へ行けない

後者になった途端にレールから外れた「甘えた子」「やる気がない子」とまで言われてしまいます。
でも子ども達の選択肢を広げてあげるのは僕たち大人の役目です

だからこそ「学校へ行っている、行っていない」関係無く、「よりどころを子ども達が自らを”ありのままに表現できる場所”」と呼ばれるようにしたいです。
今までの不登校の概念も変え、子ども達の選択肢を増やしてあげ、子ども達の明るい笑顔溢れる場所創りをする為に、これからも日々精進していきます。

過去の自分へ送る言葉

「人生に無駄なことなんて一つもないから大丈夫。」
「悪い事は何もしていないんだから堂々としていれば良いんだよ。」


よりどころ 篠田 想.


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