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小説『帰りたいの思いは泡に溶けた』


 ニコニコした顔で目の前に座る女性が3人。横には会社では見せないキラキラした表情の同僚が座っている。来る前から薄々分かっていたことだが、場違いな自分が恥ずかしくなり早くこの場から逃げ出したくなる。

 ただの人数合わせで呼ばれた合コン。生まれてこの方、合コンに誘われるなんて陽キャイベントは発生せず、平凡な日々を送っていたのに。もちろん、僕にとっての平凡は一般的な平凡以下なんだろうが、それでも満足していたんだ。


なのにどうしてこうなった?
どうして女性と向かい合っている?


 インストールしたばかりのゲームでもチュートリアルがあって、Level.1未満の状態の初心者にも寄り添ってくれる優しさがあるというのに、合コンには優しさの欠片もない。とりあえず最初はビールでいいよな、という僕を連れてきた柏木の声に賛否を示す間もなく店員を呼んで注文された。店は夕食時だというのにもかかわらず、繁盛していないのか客が少ない。おかげでビールはすぐさま運ばれてきたし、乾杯をして自己紹介へと移っていった。

 社会人になってすぐの頃は、合コンにも興味があった。今と同じように合コンに誘われるなんてことはなかったが、ネットを使って情報を集めることくらいはやっていた。その時に調べた自己紹介のコツをなんとかして思い出そうとする。ネタに走りすぎるなとか、動物の話は受けがいいとか、公務員は好感度上がるとか、そんなことが書いてあった気がする。意外と覚えているもんだと感心しながらも、自分に当てはめて使えるようなものは何も思い出せなかった。仕方なく前二人に倣って自己紹介をする。

 「はじめまして。秋山透です。年齢は29でギリギリ30になる前っす。仕事は二人と一緒の会社で、システムエンジニアやってます。こういうの慣れないんですけどよろしくお願いします。」

 なんとか乗り切った…反応は薄いのかもしれないが、前の二人が場を温めておいてくれたおかげで死なずに済んだ。女性3人の自己紹介も終わり、全体で会話が進んでいく。僕の方にも質問が飛んでくる。会社での日常会話と似たような話題が続いたので、僕でもなんとか食いついてくことができた。

 それでもやはり早くこの場から逃げ出したい気持ちは消えない。1度目の席替えをしてからはどうやって帰りを切り出そうかということばかり考えていた。半上の空な僕に気が付いて隣にいた山下さんはつまみに手を伸ばして黙々と食べるのに必死になっていた。


 世の中の合コン常連者はどういうタイミングで帰るのだろうか…と考えてみるが、よく考えれば合コンを途中で抜け出そうと考える奴は少ないんだろうな。目的が違う。溜息をついた後、目の前のから揚げに手を伸ばし口に放り込む。とその瞬間むせてしまった。一瞬にして会話が止まり、「秋山大丈夫か?」「水貰おうか!?」と自分に視線が集中する。恥ずかしい。恥ずかしさと、喉につかえたから揚げのおかげで顔が真っ赤になっていくのを感じた。しかしそれとは裏腹に、今口にしたから揚げの美味さに驚いている自分もいた。驚いてむせるなんて子どもか…と思いつつも、この衝撃には勝てなかった。

 そういえばさっき、山下さんが何か言っていたような。

 考え事をしながら聞いていたせいで記憶が曖昧だが、なにかをかけると美味しくなるみたいに言っていたんじゃなかったか。

 だいぶ落ち着いて、もう大丈夫だ、心配させてすまなかった と言うと、合コンを楽しんでいたメンバーたちはまた元の会話に戻っていった。再度水を一口飲むと、隣から声がした。

「あの、さっき私が柚子胡椒、かけちゃったからですよね。ごめんなさい」

 こちらを向き申し訳なさそうにする山下さんがいた。

「いや謝る必要はなくて…本当に。」

「え?」

「逆に 美味かった。」

  最後の一言を聞いて、えっ?と驚いた顔をした山下さんと目が合った。何か言わなくてはという義務感に押され、言葉を続ける。

「あ、いや、むせた手前信じてもらえないかもなんだけど、から揚げがこんなにうまいって思ったの初めてだったんだわ。自分でも驚いちゃってさ。そういえばさっき話全然きいてなかったんだけど、柚子胡椒だっけ?初めて聞いて何か分かんないけど、うまいんだな?」

 自分でも何を言っているのか分からないけれど、もうどうにでもなれ!という気持ちで早口でまくし立てた。山下さんも突然の言葉の波に圧倒されたように固まったあと、笑い出した。

 「やっぱり聞いてなかったんですね」

 「ごめんなさい」

 「いいんです。慣れてないって言ってましたもんね。」

 その後は柚子胡椒の話を再度聞いた。それから山下さんが料理が得意だということも知った。早く帰りたいと思っていたことも忘れていたくらいには話が弾んだ。


 店員さんがラストオーダーの時間を告げ、お開きになるまで話が続いた。店を出て駅へと向かって並んで歩く。店の前で解散をしていたので他のメンバーの姿は見えなくなっていた。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、合コンがこんなに楽しくなるとは思わなかったです」

「それならよかったです」


 このまま別れるのか。別れていいのか。


 迷った僕は、ポケットからスマホを取りだし連絡先を交換したいと伝える。これじゃあまるで中学生じゃないかと内心笑いながら、彼女もスマホを取り出し慣れた手つきで友達追加をした。すぐさま彼女からスタンプが送られてくる。ちょっと変な動物のスタンプだった。

 スマホを閉じて、それじゃあと去る彼女へ再度声をかける。

 「また、ご飯いきませんか。 今度は二人で」

 どこかのドラマで見たセリフを自分が言うことになるとは思ってもみなかったが、今はそれが精いっぱいだった。

 「はい。ぜひ!」

 振り返った彼女はその日1番の笑顔で答えた。

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白川 芽琉花
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