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小説『共演者未満』#2


#1 はこちら。

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 「お久しぶりです。今日は突然お邪魔してしまいすみません」

 「美香ちゃん、大人っぽくなったねぇ~もぅ~会えるなんて思ってなかったから大歓迎だよぅ~」

 もう顔合わせが済んでいる稽古場では、私は完全に浮いていた。私が知っているのは、2年前お世話になった演出の桜木さんと、ここに無理やり連れてきた飛鳥だけ。

なんで、私は今ここにいるんだろう……

 慣れない空気に居づらくなって端っこで立っていると、すでに準備運動を始めていた飛鳥が声をかけてきた。

 「どうせなら見ていくだけじゃなくて稽古にも参加しなよ」

 「あのねぇ、ちょっと勝手過ぎない?」

 「そんな緊張しなくっても大丈夫だって」

 「分かったよ、もう」


 今日の稽古は2人ほどスケジュールが合わず、穴が空いているらしい。桜木さんに事情を話すと、ぜひと言って背中を思いっきり叩かれた。私は苦笑いをしながら他の演者さんに声をかけ、一緒に稽古に参加することを伝えた。


***


 「今日はありがとうございました!」

 お礼を言ってから稽古場を後にする。そして先に出ていた飛鳥と合流して歩き出す。陽が落ちて暗くなった空気はすっかり冷え込んでいた。

 「稽古どうだった?」

 疲れが出ているのか、昼間よりワントーン低い飛鳥の声が聞こえてくる。

 「え、あ~楽しかった」

 つられて私も声が低くなる。具体的には…と話を続ける前に飛鳥が遮って言葉を発した。

 「昼間さ、美香はたまたま舞台に出れた、実力が評価されている訳じゃないって言ってただろ」

 「うん」

 「今日の稽古受けてみてもそう思ったか」

 すぐには返事ができなかった。そんなことを考えている暇なんてなかったからすっかり忘れていた。そんなことより、例え今日だけだったとしても、舞台を真剣に作っている人たちの邪魔になるんじゃなくて、同じように舞台を作りたいという想いでいっぱいだった。

 小さな公園の前で立ち止まる。そんな私に気がついて飛鳥も立ち止まった。

 「ちょっと寄ってかない?」

 そういって公園のブランコに近づいていく。子どもたちが帰った後の公園には誰もいなくて、私が座るとギィーという音が響いた。飛鳥も隣のブランコに座る。

 「舞台はさ、どうしたって上がいる世界でしょ?私が一番うまいなんて自惚れる気はないし、そんなこと言える自信なんて一ミリたりともない。あったのは、あの空間を共有していた人たちと最高の舞台を作りたいっていう想いだけ」

 私の足が地面からそっと離れる。身体を揺らし、ブランコに全体重を預ける。そのままなされるがままに動き続けた。

 自分でも何が言いたいのか分からない。何か言おうと言葉を探すけれど、何を言っても嘘が混ざるような気がして音にはならなかった。

 ふと、右側から強い力が加わってブランコの軌道が変わる。私はとっさに両手を強く握りブランコにしがみつく。同時に足も地面についた。

 「ちょっと・・・」

 あははははと笑う柔らかい声と身体をよじってお腹を抱える姿が見える。その笑いに驚いて、何も続けられなくなった。

 「気づいてないのか、美香は」

 「え!?何に?」

 「自分の実力」

 「は?」

 裏返って変な声になり恥ずかしくなる。

 「あのなぁ、今日の稽古場いつもよりちょっとピリピリしてたんだよ。美香がいたから」

 「私空気悪くしてた??ごめんなさい」

 「違う違う!その逆。キャストの誰よりも美香が一番真剣なんだもん。それに引っ張られて皆が本気になってた。すごいよな。キャストじゃないのにあれだけ打ち込めるのは」

 飛鳥はなおも笑いながら言葉を続ける。

 「美香の芝居は、新人公演だっけ?の時以来見てないから、どんなものか気になってたんだ。予想以上だったよ。その原動力はどっから来てんだ?俺も美香みたいになりたい」

 その後、どう帰ったのかはあまり覚えていない。褒められた衝撃と、他の人から見た自分の芝居への評価への戸惑いに頭を悩ませていたんだと思う。


***


 飛鳥の『セントラルハウス』の本番が1週間前に迫ったある日、私は桜木さんと会う約束をしていた。場所はこの前、飛鳥と話した喫茶店にしてもらった。

”私の評価についてお話を聞きたいんです”

 桜木さんは、そう送ったLINEに快く時間を作ると答えてくれた。

 アイスとホットのコーヒーををそれぞれ注文して早速話し始める。

 「今日は時間を作っていただきありがとうございました!この前の稽古もとても楽しく参加させていただけて、本当によかったです」

 「こちらこそ美香ちゃんの芝居、久しぶりに見れて面白かったよぅ~見ない間にすっかり成長しちゃってさぁ~」

 「あ、そのことで。あの後、飛鳥… 齊藤くんに私みたいになりたいって言われました。私は実力で出演しているような人間でもないし、まして褒めてもらえるほど演技力があるとも思えません。でも、現にそう見えていたわけで。桜木さんから見た私はどう見えているんでしょうか?」

 テーブルに運ばれてきたばかりのコーヒーを一口飲んでから話し始めた。

 「2年前、美香ちゃんが出演してくれた時、もっと色々できるだろうになんとなく殻に閉じこもっている感じがしたんだ。結局あの舞台期間中にはその殻を破く方法を見つけられなかった。もちろん、あのままで美香ちゃんの本気は舞台にあったし、作品としては十分完成されていたから問題とは思っていなかったよ。でも少しだけ、この間の演技をみて悔しくなったよねぇ。この子の殻を破ったのは俺じゃなかったって」

 「殻ですか」

 「あぁ。芝居って良くも悪くも自分とは別の人を演じなくちゃいけないだろ?その時、自分が無くなるのを極端に怖がる人が一定数いるんだ。いや、怖がっているのではないかもな。普段見えている自分から離れた行動や見られ方をするのを嫌うんだ」

 「・・・心当たりあります」

 「そうだろ」

 「役の子はこういう動きをしても私はやらない、とか、普段の私ならこんなことは絶対に言わないのに、という違和感とか」

 「その芝居の嘘に折り合いをつけられるようになったんじゃないかな、美香ちゃんは」

 私は黙ってアイスコーヒーに手を伸ばした。今日はまだテーブルは綺麗なままだった。

 「そんな不安がることはないんじゃないか?成長してるってことなんだから」

 「でも実感はなくてですね」

 「実感なくても評価はされてる。自信持て。役者やるには上にしか道はねぇ、ってな」

 「その言葉…」

 「あ、バレたか。そう青柳先生の舞台のセリフだ」

 「桜木さんが大好きな演出家さんでしたよね。今でも舞台通われているんですね」

 「あぁ、あれは傑作だからな。それじゃあ俺はそろそろ稽古に行くな。舞台来るんだろ?楽しみにしていてくれ」

 そういって伝票に1000円札を挟む。今日のお礼を言おうと立ち上がった時、A4サイズほどの茶封筒を差し出される。

 「あとこれ、前向きに検討してくれると助かる」

 差し出されるがままに受け取り、桜木さんは店を出ていった。その後姿を見送った私は、手元に残された封筒の中身を確認して息を飲む。そして封筒を抱えるようにして ふっと笑った。


『共演者未満』#3 に続く


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白川 芽琉花
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