【後編②】アメリカ大統領選挙2024~民主党の誤算と「もしハリ」はあるのか?side:BLUE
前回の記事はこちら。
民主党の誤算(2)
中東情勢の緊迫と混乱
ロシアによるウクライナ侵攻の終わらせ方、落としどころについての妥協を互いに見いだせない中で世界情勢は新たな局面を迎えます。
ヨーロッパは1995年のベルリンから始まった国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)を土台に脱炭素や再生可能エネルギーをの普及を掲げ、安定的なエネルギーが供給される前提で電気自動車(EV)の普及も後押ししてきました。
しかしウクライナ危機によって戦地と近いばかりではなく、長年のヨーロッパのエネルギー政策の見通しの甘さとロシアにエネルギー供給を依存していた事がリスクとして表出。
ロシアからのガス・パイプラインが供給停止となり大打撃を受けたヨーロッパ諸国はエネルギー資源の高騰の影響をもろに受けることになります。具体的にはイタリアでは電気代が侵攻前の3倍。イギリスでは7倍、ドイツでは12倍に急騰しました。
更に石油や石炭よりも二酸化炭素排出量の少ない天然ガスなどの火力発電、また原子力発電に加えて太陽光・風力発電などの再生可能エネルギーへのシフトを目指していた欧州諸国の政策は裏目に出る事になります。
当然、ヨーロッパの人たちも馬鹿ではありまそんのでウクライナ危機の前からロシア依存のリスク回避と代替手段を模索していました。
もしロシアと隣接する国がロシアに侵略されたら…
石油だけでなく、ガスパイプラインの供給が停止されたら…
様々な想定されうるリスクの中で北海を経由してロシアからドイツに海底パイプラインを引き込むノルドストリームや、黒海を経由してブルガリアから欧州(EU)へ引き込むサウスストリーム、カザフスタン・アゼルバイジャン・アルメニア・トルコを経由するTANAPなど欧州は何重ものバックアップを確保していました。
というのも、ウクライナがこれまでそうであったようにロシアがエネルギー価格のつり上げなどで輸入に依存する事の怖さを知っていたからです。
しかしこれらのバックアップの全てがロシアによるエネルギー供給という構図であることに変わりはありません。
そこでロシア以外の国からエネルギーを調達する方法として目を付けたのが、東地中海・イスラエル沖のガス田でした。
中東地域では豊富な原油・天然ガスが採掘できる一方で、この東地中海の海底に豊富なガス田があることが古くからわかっていましたが、当時は掘削方法がありませんでした。
しかし2010年代に入ると米国でシェールガスの掘削が実用化。またイギリスなどでは1970年代以来の北海油田の開発技術を転用することで海底のガス田の採掘計画が実現可能性を帯びます。
またそれまでイスラエルへガス輸出国だったエジプトのガス田が2010年代に入って枯渇し始めると、この海底ガス田の埋蔵量などに関して米国資本のエクソン、英蘭資本のロイヤル・ダッチ・シェルが相次いで本格的な調査を開始。東地中海のいたるところに豊富な埋蔵量が確認されました。
そして権益があると分かれば自分たちにも採掘権があると主張を始めるのが欧米諸国です。
イスラエル、レバノン・シリア一帯は英仏にとってはかつてオスマントルコ帝国から委任統治していた領地でもあります。
現在のところ東地中海最大となるリヴァイアサン・ガス田などは排他的経済水域(EEZ)を利用してイスラエルが独占的にこのガス田の採掘ができます。
しかしイスラエルはパレスチナや周辺国と度々衝突や攻撃を受けることもある国のため、ガスプラントを建設すると格好の標的にされてしまいかねません。
そこでエジプトに元々あるガスプラントにヨルダン側のAGPとガザ沖の海底のEMGを使って供給するルートを使ってエジプトで生成してもらったものを輸入する仕組みが導入されます。
しかしヨルダンはイスラム教国で、領土問題を抱えるパレスチナ自治区(まだ国ではない)の同胞・支援国でもあります。
このためAGPはイスラエルにとっては自分たちと敵対する国の中を通る非常に不安定なルートであり、仮にパレスチナ自治区のガザをイスラエルが攻略すればEMGを使って安全にエネルギーを確保する事が出来る。
ということで、イスラエルがハマス率いるガザ地区を攻撃して「天井のない監獄」と呼ばれる惨状の理由は決して一つではないと思いますが、大きな動機にはなっているかもしれません。
またこうして生産された天然ガスをキプロス、ギリシア経由でイタリアまでパイプラインを引き込むことができれば、欧州(EU)にとってはロシアに依存しない新たなエネルギー供給ルートが確保できます。
こうして2020年1月にギリシア・キプロス・イスラエル間で合意がされ、2025年の東地中海ガスパイプライン完成を目途とした工事へと動き始めました。
しかしこの動きに対してロシアも、中東諸国も危機感を募らせます。
ロシアからすれば東地中海ガスパイプラインが完成すれば自国の資源である天然ガスをウクライナ危機が終わったとしても買ってもらえなくなるリスクが高まることになります。
そして中東の資源国からすれば天然ガス・原油を買ってもらえる顧客が、イスラエルに奪われる構図となります。
一方でアメリカとイスラエルの関係も大きな転機を迎えます。
トランプ氏の娘イヴァンカが2009年のクシュナ―氏との結婚に際して、ユダヤ教に改宗。(後にトランプ大統領誕生によって米国大統領の親族で初のユダヤ教徒が誕生)
トランプ氏にとっては、アメリカ国内のユダヤ人やプロテスタントの中でも原理主義に近い厳格な福音派の支持と支援を獲得する土台ができました。
彼らは人口こそ少ないものの何より資産を多く持っています。
トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー*(大統領上級顧問)の実家はネタニヤフ首相と互いの私邸に泊まり合うほど親戚のように親しい間柄。
また2017年12月には双方が自国の首都として争っているエルサレムを、米国大統領としてイスラエルの首都として正式に承認。
ビル・クリントン以来の米国大統領が事を荒立てないために触れてこなかった曖昧路線*を転換し、明確にイスラエル支持したことになります。
トランプ大統領の仲介によってアラブ世界の周辺国とイスラエルの国交正常化が動き始めると、犬猿の仲と言われたアラブ世界の盟主サウジアラビアも、イスラエルのネタニヤフ首相との国交正常化交渉が2020年に開始。
しかしトランプ大統領はこの年の大統領選挙にバイデン候補に敗れ、交渉は一時停止。
2021年6月に第5次ネタニヤフ政権も、僅差でナフタリ・ベネック率いる新右翼政党ヤミナによる政権交代が起こるなど内情の不安定化により、交渉再開への道筋が途絶えます。
2022年7月に総選挙で再び政権交代(第6次ネタニヤフ政権)が起こると、バイデン政権は2023年9月にサウジアラビアのムハンマド王子を介し、駐留米軍による防衛を条件にようやくイスラエルとの国交正常化交渉が再開。
早々にも国交正常化の期待が高まりますが、2023年10月のガザ侵攻とその後の情勢不安定化によって再び交渉は暗礁に乗り上げた挙句、ユーロや中国人民元などをオープンに取り扱うことの検討に入り、世界の基軸通貨ドルの一強時代への幕引きが着々と進められています。
こうした事を振り返ると、ウクライナ危機はパイプラインの多くが通過するウクライナという地理的緩衝地帯が、世界のルールを作るという欧州のヨーロピアン・ルールの傲慢さと思惑違いよって攻撃され、更には米ドルの覇権を切り崩そうとする動きに巻き込まれたとも言えるかもしれません。
また第二次世界大戦後に何度も衝突を繰り返してきたユダヤ教を信仰する資本力と技術力を誇るイスラエルと、それに対立するイスラム教を信仰する中東諸国の問題もアメリカとロシアの代理戦争の様相が潜んでいます。
決して一枚岩ではない互いの利害関係や思惑が複雑に絡み合った中東情勢は、ガザ地区を実効支配するハマスによるイスラエルへのテロをきっかけに中東のあちこちで戦火を交える事になりました。
何よりも不穏なのは欧米主要国はキリスト教徒が多いのは言うに及ばず、ロシアもまた宗派こそ異なるものの正教会…東ローマ帝国の系譜を受け継ぐキリスト教を国教に定めつつも、国ごとに正教会があります。
地理的にイスラム教の影響を受け、偶像崇拝禁止だったり教会の形がイスラム教のモスクに似ていたりします。
ウクライナは地理的に欧州南部に多いカトリック、北部に多いプロテスタントとロシアを含む東欧に多い正教会の狭間でもあり、国教はウクライナ正教会。
ウクライナの西側で国境を察するポーランドはカトリック、ポーランドの西側で接するドイツはプロテスタント、ウクライナの西南で接するルーマニアはルーマニア正教会です。
キリスト教は元を辿るとユダヤ教から派生しており、またイスラム教もユダヤ教から派生して誕生したものになります。
つまりそれぞれの原理主義に近い考え方*はユダヤ教に集約され、それでいてそれぞれが土着の文化や習慣の中で派生していって別々な宗教となっています。
お互いに非常に近しい関係にもあり、同族嫌悪ではありませんが憎しみあっている面もあります。
20世紀まではキリスト教が世界最大の信者を持つ宗教でしたが、21世紀は半ば頃からイスラム教徒がそれに並び、その後は追い越す見通し。
世界最大の信者を持つキリスト教国(カトリック・プロテスタント)と、それを猛追するイスラム教国がもしぶつかり合う構図になったとしたら、それこそが第三次世界大戦なのかもしれません。
そんなことは決して起きて欲しくはありませんが、既にそうした危機感は一触即発の状態にまで陥ったことがあります。
2001年9月11日、NYの世界貿易センタービル(WTC)に、ハイジャックされた二機の飛行機が激突しビルが二棟とも崩壊。
アメリカ同時多発テロ事件(911)と呼ばれる事件の首謀者はウサーマ・ビン・ラーディン率いるイスラム教過激派テロ組織アルカイーダによるものとされています。
時のブッシュ政権(共和党)は、このテロをきっかけにアフガニスタン侵攻。
更に国際テロ組織や悪の枢軸(イラク、イラン、北朝鮮)との戦いを国家戦略に位置づけ、「アメリカの防衛のためには、予防的な措置と時には先制攻撃が必要」を推進することを決定。
イラクのサッダーム・フセイン大統領がアルカイーダとつながっている、また大量破壊兵器を隠し持っているという情報を根拠にアメリカは、フランス・ロシア・中国やアラブ連盟など国際社会の批判を封殺し、イラク戦争に踏み切りました。
そしてこの時、アメリカを支持したのはイスラエルでした。アメリカ軍は当時、世界で最も命中精度の高い携帯型地対空ミサイル*「スティンガー」や遠隔操作の無人自走機関銃を実践で投入するなどのハイテク兵器を投入し、イラクを圧倒。
これに衝撃を受けたのはイラクだけではなく、イラクに戦車など兵器を供給していた中国人民解放軍もハイテク兵器の開発を本格的に始める契機となりました。
またイスラエルも近代兵器の開発がここから更に急速に進歩していきます。
しかし血道を切り開いて始まったイラク戦争は、そのきっかけだったとされる大量破壊兵器も発見できず、フセインとアルカイーダの関係も明らかにできませんでした。
米国は何故、このイラク戦争に踏み切ったのでしょう?
当時サウジアラビア、ロシアに次ぐ世界第3位の石油埋蔵量を誇る同国を実質的な植民地化*、冷戦終了以来大きな戦争がなかったことによる軍需産業複合体の衰退、また湾岸戦争以来のサウジアラビア駐留米軍の撤退の大義名分など米国には様々な思惑があったとされています。
自分たちの都合で戦争…そんな事をするはずがないと思うでしょうか?
アメリカは過去の戦争でも、自分たちの都合で理由をでっち上げ開戦に踏み切った歴史があります。
しかし最大の理由とされているのが、イラクの石油輸出決済をこれまでの米ドル建ではなく、ユーロ建に切り替えようとしたフセイン政権への懲罰だったとされています。
イラク戦争に反対した国のうち、フランス・ドイツはEUの主要国で実質的に世界第2位の共通通貨ユーロは新ドイツマルクと揶揄されることも。ロシアはそのドイツに対してエネルギーを供給する資源国で、ヨーロッパは良き隣人であり顧客でした。
英ポンドに代わって米ドルが世界の基軸通貨となった1945年のブレトンウッズ体制(IMF・世界銀行体制)から世界で唯一、金との固定レートで結びついた米ドルは石油に限らず、GDPを含め殆どあらゆるものの価値を米ドル換算で表すようになりました。
これが崩れる事をアメリカは、ブッシュ政権は恐れたとされています。
2003年3月20日に始まったイラク戦争は、同年12月13日にサッダーム・フセインの逮捕・拘束によって早期に集結。
独裁者ではなく民主主義をこの国に根付かせようと、米軍を始めとした連合軍がイラクにやってきて暫定政府による統治を目指します。
しかし強烈なリーダーシップを誇るフセインがいなくなったことでイラン国内は治安が悪化。レジスタンスによる自爆テロや攻撃が頻発。石油の生産能力も低下し、イラク戦争前の水準まで回復したのはオバマ政権時代(2009-2016)になってのことでした。
2011年12月14日、オバマ大統領はこの泥沼となったイラク戦争の終結を宣言。
この時点までに16万人を派兵。米軍死者4200人、負傷者3万人という犠牲を出していて、駐留兵5000人の撤退も12月18日に行い派兵を終了。
しかしイラク国内でのレジスタンスのテロや暴動はまだ収まっておらず、イラクは事実上の無政府状態に陥り、混迷を極めます。
米軍がこのタイミングでイラクからの撤退をした背景の一つには、2010年12月に発生したチュニジアのジャスミン革命に始まるアラブの春に触発されて中東シリアでは民主化を求めるデモが激化。駐留米軍の引き上げをしなくては軍事的リソースをこれ以上展開できなかったためでもあります。
ブッシュ政権でシリアはパレスチナのハマス、レバノンのヒズボラを支援している「テロ支援国家」の嫌疑がかけられていました。
シリアのバッシャール・アル=アサド政権(イスラム教シーア派)は40年に渡る独裁政権となり、これに対する反政府民兵の衝突。
この時にイラク北部の油田地帯のあるキルクークにはトルコなど周辺から不安定化したイラクの情勢を見てクルド人が流入を始めます。
彼らは元々この地域一帯(中東北部の山岳地帯)に住んでいた先住民族でしたが、フセイン政権下で追い出された経緯がありました。
中東北部という場所は時代によってペルシア、アラブ、オスマンといった覇権国家が次々に変わった地域の境目になり、その不安定な情勢からクルド人は自分たちの国を持つことができなかった民族(大多数はイスラム教スンニ派)とされています。
日本でも近年、クルド人問題が度々取り沙汰されていますが彼らは自分たちの独立国家を建国しようと各地で移民としてわたり、その先々で大きな社会問題を引き起こしており、アメリカ、トルコ政府はクルド人自治区に対して反乱を警戒して殆ど手出しができない状態となります。
世界中の大国の周辺にはこうした取り込まれた少数民族や先住民が存在し、自治を認められている場所もあれば、迫害や弾圧を受け、それから逃れるために移民となって各地をさまよっています。
そしてインターネットの普及によって、1990年代頃に埼玉県南部などの一部にやってきたクルド人の親族や友人らが、日本は安全だと触れ回ることで次々にやって来るようになって現在に至ります。
こうしたシリア北部のクルド人はシリア国内にイラクのようなクルド人自治区を作ろうとシリア政府軍と衝突。
ここにアルカイーダ関連の過激派組織「アル=ヌスラ戦線」(現HTS、タハリール・アル=シャーム)もシリア政府軍を攻撃。
更にシリア内戦に、隣国イラクを拠点に世界各地でテロ活動をしていたISIL(イスラム国)が支配域の拡大を目論み、この混乱に乗じて参戦する三つ巴状態でシリア国内は分断。
ロシア・イランはアサド政権を支援し空爆などの軍事支援に乗り出すと、アメリカ・フランス*を始めとした多国籍軍はアサド政権・ISILの打倒を掲げて介入。
ロシアが支援するアサド政権とアメリカが支援する反政府軍の対立は、まるで米露における代理戦争の様相となります。
途中、国連安保理でも停戦に向けた議題が何度となく上がりますがその度にロシア・中国が拒否権の行使によって国際連合は介入に動かず。
更にここに周辺国であるトルコ・サウジアラビア・カタールも自国の安全保障のために打倒アサド政権を掲げて介入する泥沼化。
アメリカは911以来の敵国認定であったテロ支援国家を含む中東情勢の介入に相次いで振り回され、そして疲弊していく事になり、オバマ大統領は「アメリカは世界の警察ではない」と内戦からの撤退を仄めかす発言をするまでに至ります。
オバマ政権時代にシリア内戦を終結させる事はできず、厭戦気分が広まる中で2016年の大統領選挙中からシリア駐留米軍の撤退を公約の一つとして掲げていたトランプ大統領が就任。
即時撤退はイラクの時のように中東の不安定化の懸念やロシアと中東が更に結びついてしまう懸念から周囲によって留意させられていましたが、2018年にISILの中枢を制圧・解体をさせた事でようやく撤退へ。
結果的に振り返って、911の報復に始まる一連の米国の戦争介入は、依然として米国は軍事的に大きな影響を持つものの、戦争を終わらせることもテロを根絶することもできず、覇権国家としての翳りを感じさせることに繋がりました。
更に言及すると、アメリカは第二次世界大戦以降の数多く参戦・介入した戦争で明確に勝ったとされる戦争が一つとしてないとされています。
イラク戦争、シリア内戦を間接的に戦っていたロシアや中国、また中東の国々や今日のグローバルサウス、2024年に新たな加盟国を追加ししたBRICSプラスなどは何を思ったでしょうか?
そうした思惑が水面下で共有された可能性があります。
またイラク戦争へアメリカが踏み切る際、当時の上院議員だったバイデンは戦争開戦に賛成を投じました。
テロへの脅威に屈してはいけない、脅威は取り除かなければいけないと考えたのは自然なことです。しかし2020年の大統領選挙においてバイデン候補はこれは「大きな誤りだった」と認めています。
ウクライナ侵攻に対する弱腰姿勢。また日に日に悪化を辿るイスラエルを取り巻く中東情勢も逆風。どちらもバイデンにとっては自分が上院議員時代、または副大統領時代に蒔いた火種が燻り、見方によっては今になって我が身に降りかかっているようにも見えます。
また米国内では2020年のトランプvsバイデンによる大統領選挙を想起させるように、いやそれ以上に激化した分断と格差で、国民の不満は高まっている状況に追い込まれていました。
労働組合の取り込み
歴史的に民主党は労働組合を囲い込み、組織票を取り込むことで大統領選挙を勝ち抜いてきました。バイデン大統領が誕生した2020年もそうでした。
かつて米国労働市場の花形だった自動車産業はフォード、ゼネラルモーターズ、クライスラー*のビッグ3の繁栄とその工場で働く労働者に雇用と賃金を与えてきました。
全米自動車労働組合(UAW)は最盛期の1960年代後半には農業、航空・宇宙産業の組合員を取り込み会員数150万人、公民権運動や女性の権利運動にも関与しました。
しかし労働組合という仕組みそのものが民主党と密接になったことでロビー活動がメインとなり、肝心の労働者の代表として企業と賃金交渉などは殆ど各企業の労働組合任せとなり形骸化、2020年現在58万人の組合員数まで減少しました。
更に時代が2000年代に入ると、労働組合幹部という立場が国家公務員のような特権階級となり、幹部の中では汚職が横行。
UAWに加盟する大企業の一つ、世界的な大型航空機メーカーであるボーイング社(本社シカゴ)では2008年に労働組合がストライキを決行。妥結までに57日間の休業を余儀なくされました。
しかしその後16年間もストライキは決行されず、相次ぐ物価高によって労働者はインフレ率以下の賃金で働くことを強いられていることに不満が高まっていました。
そんな中、UAW役員に旧体制反対派のショーン・フェイン氏が2019年に当選。労働組合幹部を横領等の罪で起訴して追放、UAW改革が始まり、アメリカで生産する海外(日欧)の自動車メーカーなどにも加盟を呼びかけています。
フェイン会長による改革では、これまでそれぞれの企業ごとに労働組合が交渉していたそれを足並みをそろえて行うというものでした。
たとえば2023年、ビッグ3は同時にストライキを決行。これによってただでさえ日本車やヨーロッパ車にシェア、燃費、EVやハイブリットカーなどの先進性でも置いて行かれていたアメリカの大手自動車メーカーは生産が停止。
更にバイデン大統領まで引っ張り出して、労働組合を応援させました。
これに危機感を覚えたビッグ3はUAWが掲げた経営者の報酬が4年で4割伸びているのだから、同じだけ従業員の給与もあげろと交渉。
結果、4年半で25%の賃金アップに成功しました。
これを観たUAWに加盟するボーイング社の労働組合はこれを先例として2024年9月13日にストライキを決行。
会社側はビッグ3と同じく4年間で25%の賃上げを提示しますが、これまで賃上げしてこなかった分が足りないとして94%の労働組合員がこれを否決。
USWは4年間で40%賃上げが掲げられるものの、会社側が提示した35%でも妥結ができず、ストライキが長期化。休業期間中の保証金(週250㌦)を含めて交渉が長期化し、飛行機の受注残は10月時点で5400機を超えてしまいます。
すぐに労働者と妥結して工場が再開しても受注残の解消には10年はかかるとされ、航空会社が新規で便数や路線を増やそうとしても10年後になってしまう状態に陥ってしまいました。
ボーイングがダメならキャンセルして、他の飛行機メーカーに注文を切り替えよう…ボーイングの他には大型航空機メーカーは今や欧州のエアバスくらいしかなく、その他はリージョナルジェットと呼ばれる小型機くらい。
ボーイングは慢性的な赤字状態がもうずっと続いており、その癖に経営改善がされないのに役員の報酬は年々上がっていく状態でした。
ボーイング社は早く工場の生産を再稼働させ、受注残を減らして納品をしないといけないのに労働者が働いてくれない状態に陥り、2024年9月期決算は61億7400万㌦(9400億円)の大赤字。
もはや手が付けられない状態にまで陥ってしまっています。
また別な労働組合ではUSスチール(USS)の労働組合が、日本製鉄と経営者間で合併合意をしていたものの全米鉄鋼労働組合(USW)が買収に反対し、
バイデン大統領が労働組合の反対集会に担ぎ出される始末。
このUSWが本社を構えるペンシルベニア州は激戦州で、トランプ銃撃事件のあった州でもあります。
またUSスチール買収にトランプ候補も反対を表明するなど労働組合票をいかに取り込むかでも両者が奪い合う状況も見られました。
もはや労働組合票は民主党に流れるとは言えない状況になってきています。
かつて米国で南北戦争(Civil War,1861-1865)という国を二分する内戦が起きました。
当時は湖や河川を利用して工業化がいち早く起こった豊かな北部ではリンカーン大統領が奴隷解放宣言をし、南部の綿花や煙草などを栽培するプランテーションの奴隷労働者を解放することを求めました。
北部の工場で働く労働者はその後、労働組合を結成し、企業と交渉するために労働者が結束して自分たちの労働条件に対して話し合うことで豊かさを享受しようとしました。このため伝統的に労働組合への加入が多く、また結束も強い傾向にあります。
一方、南部では気候が温暖だからでしょうか。労働組合など基本的には結成せず、組んだとしても緩いつながりで企業とガツガツと交渉しようという空気はなかなか生まれませんでした。
1986年にトヨタが北米本社を立ち上げケンタッキー州に進出し工場を建設。
2003年にはNBAヒューストン・ロケッツの本拠地のネーミングライツを取得し、地域に根差した活動を始めました。
その後、2014年にトヨタはケンタッキー、カリフォルニア、ニューヨーク州に分散していた米国本社・工場をテキサス州に相次いで移転しました。
トヨタや日本企業に限らず多くの企業が近年、カリフォルニアやNYではなくテキサス州に工場や本社を構え、北米での活動の拠点にするようになりました。
また全米最多を誇るカリフォルニア州は人口3898万人、テキサス州は人口2915万人で全米第二位。ニューヨーク州1897万人、フロリダ州2224万人よりも人口が多く、豊富な労働人口がいて、面積はアメリカ50州の中でアラスカ州に次ぐ第二位と土地が広い事も人気の理由です。
その他にも法人税制などの優遇といった条件面もありますが、その最も大きな理由は南部一帯の労働組合の活動が活発ではない事も大きな要因かもしれません。
こうしてみるとかつての南北戦争を、まるで南北ひっくり返したような繁栄と衰退の差が見えてきます。
2020年の再来、トランプvsバイデンの政策等についての討論会が6月下旬に開かれました。
しかしバイデンの歯切れの悪さもあって、内容以上にトランプ優勢とメディアは報じます。
そこにトランプ候補の銃撃事件、そしてあの力強いガッツポーズ…
トランプ候補との対比でバイデン劣勢がメディアを通じて毎日のように伝えられると、撤退は考えていないと日々繰り返し宣言。しかし民主党内では「このままでは大統領選挙で勝てない」という焦りが募っていきます。
大統領として既に史上最高齢である81歳バイデン大統領は、トランプ候補と比べて3つ年上です。
認知症や高齢であるが故の不安説が度々飛び交います。
民主党による度重なる説得の末に、トランプ銃撃事件の8日後の7月21日、バイデン大統領はついに撤退を表明。
撤退を決意したのは、これまで断固として撤退を認めなかったジル夫人が折れたことによるものだったとされています。
しかし候補者を選出する民主党大会まであと1か月を切った段階。
残された時間は限られる中で十分な議論と党員集会・予備選挙も行われておらず、バイデン大統領はハリス副大統領を支持することを発表。
ハリス候補は副大統領候補に、激戦州の一つミネソタ州知事ティム・ウォルツ氏を指名しました。
「BBQで会いそうな男」と紹介される、代表的な白人男性ウォルツ氏は元高校教師でアメフトのコーチをしていたという庶民派。
しかも「錆ついた地帯」の中でも特に落としてはならない青い州ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンに影響力を与えるペンシルベニア州知事のシャピロ氏ではない点に驚きが走りました。
ペンシルベニアはトランプ候補の銃撃事件が起きた州であり、これを巻き返すのはかなり難しいと考えた説や、シャピロ氏はユダヤ教徒(全米人口の約2%)であるため、中東情勢の悪化によって選挙戦の足かせになると考えた可能性が指摘されています。
しかしハリス候補とウォルツ氏が組み合わさるとリベラル色が強くなりすぎるために、左派支持層は強固になるものの中間層や無党派層の取り込みには課題を残します。
この辺りが党員集会・予備選挙を経てこなかった民主党政権の最大の誤算だったかもしれません。
民主党大会、ハリス大統領候補
バイデン大統領の撤退表明から1か月後の8月20日、民主党大会が開かれハリス副大統領が民主党候補者として正式に指名されました。
4日間の党大会の2日目にはオバマ元大統領が登壇し、自身の選挙におけるキャッチコピーをもじって「Yes,She can.」と激励。
もし勝てば米国発の女性大統領誕生となり、2016年にこれを目指してトランプ候補に敗れたヒラリー・クリントン以来の挑戦となり、これまで様子見ムードだった民主党支持者から急速にハリス候補への献金が集まります。
そしてこの党大会までの間に正式にハリス副大統領を大統領候補とするかどうか。もし第三の候補を擁立するとなった場合に…と、検討されたのがトランプと同様にPACを用いた資金移転でした。
日本でも政治とカネの問題が先日の衆議院選挙における大きな争点でしたが、アメリカも政治とカネの問題は抱えているという事になります。
資金集めにおける分断
米国大統領選挙の投票日まで残すところあと僅か。それぞれの政党や候補者の支持者からの献金が集まる中で、また政策論争や討論会が繰り広げられ、激戦州での無党派層・貧困層をいかに取り込むかでの差が争点となりました。
世界一の資産家イーロン・マスクは2020年の大統領選挙では民主党を支持し、トランプ候補を批難していて、2024年大統領選挙では中立を保つとされていましたが、7月のトランプ暗殺未遂事件後からは民主党から距離を置き、トランプ候補支持を表明。
自身が立ち上げた「America PAC」を介して大統領選挙が終わるまで毎月4500万㌦の寄附*をして、支援することを表明。
更に激戦州では条件を満たした有権者にPACを介して、1日100万㌦(約1億5000万円)の寄附をすることを発表。
条件は①州の有権者登録をしている人であること、②「言論の自由」と「銃所持の自由」の保持*に同意する署名をすること。
米司法省*はこれを選挙買収行為である可能性があるとして警告。
*司法長官は民主党政権によって任命されている。
非常に危ういものの、トランプ候補への投票を強制していないという建前とPACの仕組みを利用した実際の使途が非開示であることから訴訟にこぎつけられるかはかなり難しいグレーゾーンを攻めました。
一方で2つの憲法保持については「保守」である共和党トランプ候補の価値観に近く、実質的にトランプへの票を誘導する無党派層の取り込みとされています。
こうしたトランプ陣営の動きに対して、ハリス陣営もMicrosoft共同創業者のビル・ゲイツ氏が5000万㌦(75.5億円)を筆頭に、シリコンバレー企業の創業者や支援者からの寄附を集め続けています。
またバイデン政権は最後の支持者獲得への足掛かりにしようとイスラエルと中東諸国へ必死に停戦合意を呼びかけています。
米国人口のおよそ2%のイスラム教徒、有権者とされるのはその中の更に少数ということになり、彼らは加えて911同時多発テロ以降、弾圧と迫害の対象となってきました。
カネで殴り合って票を奪い合う、アメリカ大統領選挙の最終盤。
選挙の女神はどちらに微笑むのでしょうか。
(これは本当に民主主義選挙なのだろうか?)