【コラム】言語習得の臨界期が6歳ごろというのは本当なのでしょうか。
自分の子どもに言葉の遅れがあると、親はとても心配になります。周りの同い年くらいの子どもや、場合によってはもっと小さな子どもがペラペラ話しているのを見ると、焦ってしまったり、辛い思いをしたりします。なぜうちの子は言葉が出てこないのだろうか、私もそのような経験をしました。
自治体の1歳6ヶ月検診や3歳児検診がありますが、そこで言葉の遅れについて相談しても、「もう少し様子を見ましょう」と言われるだけです。確かに、3歳以降になって話し始める子どももいるでしょう。
しかし、言葉の遅れにはたくさんの要因が考えられます。大きく分けると、聞こえに関する要因と、脳の発達に関する要因です。娘の場合は最初に自閉症スペクトラムと診断されましたが、最終的には難聴であることが分かりました。診断してもらう病院や医師が全く異なりますので、小さな娘を連れ回して本当に大変でした。私は専門家ではないのでこれ以上の詳細には触れませんが、我が家の体験談を共有しておきたいと思います。
▶︎3歳10ヶ月で難聴発見、その後5歳までは補聴器の効果ゼロ
娘はオーディトリー・ニューロパシーという難聴で、音はある程度聞こえるけど、言葉は理解できないという特徴があります。そのため、耳の近くで指を鳴らしたり、ドアが閉まる音がしたりすると聞こえます。「ピー」という音を出す一般的な聴力検査をしても、聞こえているように見えるので「難聴ではありませんね」となってしまいます。聴力が低い子もいるのですが、娘のように聴力が中等度のケースも多くあります。他にも誤って発達障害であると診断されている方が複数いらっしゃることも分かっています。
最終的には、脳波を測る検査(AABR)と遺伝子検査によりオーディトリーニューロパシーであることが確定しました。その時すでに娘は3歳10ヶ月でした。
ようやく難聴児として言葉の療育施設に通い始めます。私はさまざまな聴覚系学会に参加して情報収集もしました。その中で聞いたのが「言語習得の臨界期は6歳ごろだ」という話でした。
娘はまず補聴器を試すことになりましたが、その効果は認められません。補聴器をつけている時と、外している時で、ほとんど違いがないのです。効果が出るまでは時間がかかるからということで療育を続けましたが、難聴発見から1年が経とうとしていました。つまり、娘は5歳になり、臨界期まであと1年という頃です。
▶︎なぜ人工内耳の手術まで時間がかかったのか
オーディトリーニューロパシーは人工内耳が有効であることが分かっています。しかし、人工内耳の適応基準では90dB以上(つまり重度難聴)でないと手術が行えません。もう一つの適応基準に補聴器をした時の最高語音明瞭度が50%未満の場合とあるのですが、そもそも言語を獲得していない子どもに語音明瞭度検査を行うのはほぼ不可能と言っていいでしょう。
このような医学的背景があるため、医師は慎重になっていました。その頃は、まだ娘のようにある程度聴力があり、その後人工内耳の手術をして聞こえるようになった症例が少なかったようです。失敗は許されませんから、今考えればその慎重さは理解できます。
しかし先ほど述べたように、「言語習得の臨界期は6歳ごろだ」という言葉が重くのしかかります。私は保護者として人工内耳の装用を強く望むことを医師に伝え、5歳1ヶ月でようやく手術をすることになりました。
▶︎ろう学校に転校、人工内耳の手術、そして就学相談
幼稚園に人工内耳を知っている先生はいませんから、保護者としては心配です。そこで年長の4月、娘は地域の幼稚園から少し離れたろう学校の幼稚部に転校することになり、その後すぐに人工内耳の手術をしました。これまで療育で指文字は使っていましたが、ろう学校に通い始めて手話も使うようになりました。大人になってから新しい言語を覚えるのはとても大変ですが、子どもはどんどん新しい手話が出来るようになりました。家で次女は「手話の先生」と呼ばれるようになり、家族に手話を教えてくれました。
人工内耳をしても、すぐに聞こえる訳ではありません。そのため、ろう学校のように少人数クラスで手話も使って教えてもらえるのはとても助かりました。娘が聞こえるようになってきたと実感したのは手術から4ヶ月くらい経った8月ごろだったと思います。生まれて初めて音声だけのコミュニケーションが始まったのです。この時、すでに5歳5ヶ月です。
秋になると、次年度に小学校に進学する障害児等を対象とした"就学相談"が始まります。ろう学校小学部と地域の小学校のどちらに通うのが適しているかを、保護者の希望を聞きながら学校の先生や専門家が一緒に協議するのです。娘の場合は、人工内耳の効果がどのくらいあるか分からなかったので、面談をギリギリまで先延ばしにすることにしました。当然ですが、長女と一緒に地域の小学校に通わせたいというのが、家族の切なる願いでした。
人工内耳の効果が出始めてから、娘の言語能力はどんどん高くなっていきます。これまでの苦労が嘘のようでした。遅れのあった知能テストの結果も平均くらいまで伸びました。言語聴覚士の先生と相談して、これなら地域の小学校でもやっていけるだろうという話になり、就学相談の面談を申し込みました。
専門家の方々の意見としては、ろう学校に行った方が良いのではという話もありましたが、教育委員会は保護者の判断に任せるということでした。その時点の聞こえ方や難聴児への専門的な教育という意味で専門家がそのように言いたくなるのは理解できますが、家族としてはそれ以降の人工内耳の効果に期待して地域の小学校に進むことを決意しました。
▶︎いよいよ6歳、そして小学1年生、6歳の臨界期はあるのか・・・
現在難聴の次女は9歳で4年生になりました。6歳となった小学1年生から3年間を過ごしましたが、言語的にも、知能的にも、精神的にも、非常に成長したと思います。勉強もついていっていますし、友だちも沢山できましたし、自ら手を挙げて発言するほど積極性も育ちましたし、想像を超える成長ぶりです。我が家の結論としては、6歳の臨界期はなかったと思います。むしろ、娘の場合は6歳以降に人工内耳を通じて音が聞こえるようになったため、むしろ加速度的に言語を習得しています。9歳になった今も、毎日のように言葉の発達に驚かされています。今は家庭だけでなく、学校やお友だちとの遊びの中でも言語を習得しているからでしょう。YouTubeからも言葉を習得していますよ!
そもそも、「言語習得の臨界期は6歳ごろだ」と言っているは、外国語の習得に関する記事や論文が多いように思います。調査対象は聞こえる子どもたちで、娘のようなレアケースは含まれていないようです。つまり、0歳から音が聞こえていて、発達の問題もないことを前提とした場合に、6歳ごろまでの言語習得が重要だということでしょう。
とは言え、娘の場合も苦労がなかった訳ではありません。普段から語彙を増やすように勉強をしたり、コロナ禍にもオンラインで療育を受けたり、学校の勉強も家庭学習で予習を十分にしたり、娘も家族も沢山の努力を重ねて来ました。
難聴の発見が遅れたことで、明らかに獲得できなかったことがあります。それは、正しい発音です。娘は今でも努力して発音の練習をしていますので、これから少しずつ良くなっていくと思います。ただし、同じオーディトリーニューロパシーの子どもでも、もっと早い時期から人工内耳をしている場合は聞こえる子どもとほとんど同じように発音ができています。発音については、6歳ごろまでがとても重要であるということは確かなのかもしれません。
一方で、難聴の方でも少し大人になってきてから発音訓練をして、きれいな発音をする方もいらっしゃいます。何事も、努力をすることでいつでも成長をするのではないでしょうか。逆に努力を怠れば、障害の有無に関わらず、能力が衰えることもあるでしょう。
▶︎臨界期があるとしても、その後の努力で前に進める
近年、脳科学の進歩によって、人間の脳の働きが明らかになってきています。そのため、6歳ごろまでに脳が急速に発達し、その後は成長がゆるやかになっていることが分かっているようです。
逆に考えると、聞こえる子どもの場合は、小さいころから音で言葉を聞くことが要因となって、脳の発達が6歳ごろまで一気に進むとも言えます。娘のように遅れて聞こえるようになった場合でも、音が入り始めてから脳が急速に発達している可能性もあります。また、聞こえなくても手話言語を使うことで、言語習得が一気に進んでいくことになります。これはあくまでも私見ではありますが、我が家では娘の限界がないことを信じて、手話、指文字、図や絵を描くなど、視覚的な情報も使いながら、家庭学習に励んでいます。もちろん、Vocagraphy!も活用しています。
「言語習得」についても多くの研究がありますが、一方で例外も多くあるのだと感じています。「臨界期」と聞くと、そこが最終地点でそれ以降は発達が見込めないように感じますが、あくまでも折れ線グラフにした時に、調査対象となったケースの多くにおいて成長の度合いがゆるやかになるということです。
子どもの"コト"は毎日接している親が一番良く知っているのではないでしょうか。その子に合った方法で、楽しく勉強を続けることが重要です。既存の教科書やドリルには多くのヒントがありますが、それを進める方法は人それぞれです。お子さんの成長を信じ続け、お子さんのペースで毎日コツコツと少しずつ前に進めば、いつか振り返った時に驚くほど成長しているのだと思います。
Vocagraphy!は家庭学習を楽しくする助けになるでしょう。たくさん写真を撮って、お子さんに合った教材を作ってみましょう。そして、いつでもどこでも、楽しく言葉を学びましょう。
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