■一通の謎の手紙■
まだお店を始めてすぐの頃
いつも早朝にポストを確認する私は
ある朝奇妙な1枚の手紙を手にすることに。
「こんにちは。私はここに来てみたいです。今日は空いていますか?」
こんな感じで短い問いかけのみが書かれ
名前も連絡先もない。
書き忘れたのかイタズラか
とりあえずその日は
電話が気になって気になって
でもかかってくることはありませんでした。
もちろん、予約していた方以外
誰も来る気配すらありません。
しかし翌朝、また手紙。
「予約してもいいですか?」
こんな一言だけの手紙が1週間ほど
毎朝ポストに入っていました。
一体だれがこの手紙を
ポストに入れているのか
その頃には、少しばかりワクワクするような
まるで推理小説を解いているかのような
勝手な憶測や筋書きを考えると
どこか楽しく気分が高鳴っている私がいました。
ちょうど1週間が過ぎたある日
段々と長くなりかけていた手紙が
ぱたりと入らなくなりました。
「お金はいくらいりますか、高いですか」
「名前は必要ですか、突然きたらだめですか?」
質問だらけで応えをあげる方法も分からず
止まってしまった手紙に
ちょっとばかりモヤモヤしつつ
やはりイタズラだったのかなぁと思いつつも
まだどこか、ポストを確認する手が期待をしている私。
その日は早朝見忘れて
朝一のお客様が終わったあとにポストを確認。
とそのとき
玄関先からひょこっと顔出してきたのは
小柄な女の子。
ふと見が合い
とりあえず挨拶をしてみました。
「こんにちは!」
平日の昼間、世の中の多くの子が
学校にいるであろう時間帯。
どこかオドオドしつつ、目線ではしっかり
私の顔を捉えているその女の子は
小さな声で「あっ、、あっ、、」というのが
精一杯のよう。
できるだけ笑顔全開で近づいてみると
逃げることなく覚悟を決めて
私に喋りかけてくれだしました。
「いっいつも、手紙をポストに、、、いれてました、、、すみません、、、今日はやってもらえますか、、、?」
あの奇妙な手紙の主は目の前にいるこの女の子だったんです。
「あ〜!うんうん、いつもありがとう!やっと出会えたね!今日大丈夫よ、このあと入ってないから」
ちょうどこの日は朝一の方しか仕事は入っておらず
なんとなく、周りの目を気にして急いで中に女の子を通すことにしました。
看板のないうちをどこで知ったんだろう?
あの手紙はいつ入れていたんだろう?
頭の中は疑問でいっぱいでしたが
どこか疲れ切った様子のこの女の子を
とりあえず休ませることに必死でした。
小さなソファに腰かけた女の子は
まだまだあどけない表情の学生さん。
「いつも手紙くれてたよね!ありがとうね、あれいつもちょっと、楽しみだったの」
そういうと、緊張していた表情が和らぎ
はじめて笑顔を見せてくれました。
なんて可愛らしいんでしょう。
「どこかしんどかった?今も辛い?」
一瞬の笑顔はどこへやら
みるみる表情は曇り、目を伏せてしまいました。
これは大変だ。
話はそこで一旦切り上げ、ベッドへ場所を移します。
「今日は初めてだから、優しく撫でるね。しんどい時は教えてね」
そこから10分ほど会話もなく
ただゆっくりゆっくり、身体を撫でていました。
若いお客様はこれまでにもいましたが
皆基本、5秒とたたずに眠りにつきます。
しかしこの子はずっと起きている。
目は瞑っているけれど、身体がしっかり起きていました。
ここからがようやく、施術のはじまりです。
「ここはどこで知ったの?」
撫でる手は止めず、一番気になっていたことを聞いてみました。
するとさっきまでのたどたどしい話し方から変わり、まるで前から知った仲のような砕けた話し方で彼女についての話をしてくれました。
「私、◯◯◯◯の娘です。お母さんがここにきていて、、、」
彼女のお母さんは月に2回ほど来てくれている看護師さん。
とてもシャキシャキと動かれるお母さん。
どうやらお母さんからここの話をよく聞いていたらしいんです。
「私今あまり学校に行ってなくて、お母さんには内緒で、、、」
うんうんと聞きつつ、それらはすでにお母さんから聞いたことがありました。
お母さんは学校からの電話で随分前から知っていますが、彼女に直接いうことはありません。
知らないフリ、気づかないフリをしているのをよくここでの施術中に聞いていました。
「いつも朝は制服着て一旦出て、、夕方また一旦出たとき、ここに手紙入れてました」
なかなかな労働力です。
お母さんたちには、まるで学校から帰宅したかのように見せるため、色んな小細工をしかけていました。
しかし実はこれ、お母さんは全部気づいていたんです。
これまでにお母さんから娘さんについて話を沢山聞いていました。
まさにその子が今目の前にいる彼女だったんです。
彼女は人一倍、二倍頑張り屋さん。
決してイジメにあったわけではなく、友人関係も良好。
ですが、思春期なお年頃ですから
大人にとっては小さなことも
彼女にとっては大きな壁を一つ一つ乗り越えている最中。
ちょっぴり息切れを起こしちゃったんですね。
誰にでもあることで、生き物である限り
いたって“普通”なこと。
どんなに時代が変わっても
今も昔も変わらず人が敏感になる言葉があります。
それが「普通」という言葉。
特にまだまだ成長過程で未熟な子たちには
普通か普通でないか
普通とは何なのか
このあたりが非常に強い刺激となります。
この子も段々と打ち解けていくにつれ
周りで起きる荒波にその都度心が反応してしまう
友人が悲しむと自分も悲しくなり
人が怒られると自分も苦しくなる
こんな毎日が辛くなり
「普通」に通えることがしんどい自分は
「普通ではない」と自問自答をしていました。
ただただ、優しいだけなんです。
人一倍繊細なだけ。
この「普通」といわれる世界観から
色々と大きく離脱している私なので
そのいくつかを彼女に伝えてみることにしました。
「普通ってなんだろうね?」
「普通がいい?」
話をしていくうちに
彼女の中の普通という概念が
ただの小さな小さな枠の中でしかないこと。
普通の外に広がる無数の世界観があること。
これらにどんどん気づき
最後は起き上がった状態で
手を叩きながら、ときに爆笑しながら
施術を終えました。
「また来ていい?」
たったの1時間ほどで敬語すらなくなり
以前から友達だったかのような
彼女の話しぶりに
こちらも安堵とともに何だか清々しい気持ち。
「いつでもおいで!そのかわり
お母さんにはちゃんと言ってくること」
途中、お母さんが色々気づいていることも
伝えてみました。
これは人によっては伝えず
知らないフリをすることもあります。
しかしこの子の場合は
伝える必要があると思ったんですね。
お母さんが全て気づいていることに
驚きはしたもののホッとした様子。
本当は言いたいし気づいてほしい世代ですから
そのきっかけが難しいだけ。
この子は特にお母さんが大好きなのが
話の合間にも伝わってきていました。
こっそりな小細工は
大好きなお母さんに心配かけたくないから。
きっとうち来たのは
そのきっかけを作るため。
そして「普通」という枠組みから
本当は解き放たれたかったということ。
家族ではなく友人でもない
なんならどこのだれたか分からないような
自分の見えている世界にはいない人
こんな存在だからこそ
何でも話せたり仮面被る必要もなく
後腐れなく本当の素を出せる。
これぐらいの子たちには
こういう存在が1人は必要で
その存在があることで
子供と大人の間、複雑な中間点を
どうにか立つことができているんだと
いつも思うところがあります。