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頑固一徹じいさんの秘宝【オルチャータ】

「……なんか、土臭い」

バレンシアの人達みんなが口を揃えて絶賛する『オルチャータ』の最初の印象は、私にとって残念ながら虚しいものだった。

それもそのはず、『オルチャータ』というのは、スペインのバレンシアを原産とするカヤツリクサの地下茎『チュファ』から作られる飲み物。そして、この『チュファ』こそが、知る人ぞ知るスーパーフード『タイガーナッツ』のことなのだ。

アメリカから日本に上陸し、ダイエットフードとして注目さている『タイガーナッツ』こと『チュファ』の原産地はスペイン。

起源を追ってみると、4000年前のエジプト人によって既にチュファを使ったオイルが作られていた形跡が残っていて、歴史的にはオリーブオイルよりも古い。

いつも思う。

オリーブオイルにしてもこのチュファにしても、昔の人たちというのは、どうやってその効果を発見してきたのだろう。今のように情報が掃いて捨てるくらい沢山ある世の中ではない。食材の数も調理法も今程ない。そんな中で、栄養価の高いスーパーフードを的確に探し出す能力の高さ。昔の人たちは、今の人の数倍もの「生きる力」を持っていたのだと思う。

そして、お気楽でいい加減なスペイン人にも、そういう「生きる力」が隠されているように感じる。『オルチャータ』もその原料である『チュファ』も、最近になって他国の人がその魔法の種のような効果を発表するまで、ごくごく庶民の飲み物として、地味にひっそりと親しまれていた。バレンシアの人々にとっては、滋養があり、体に良い自然の恵みを素直に受け入れてきた結果がそうなっただけ。

ハーブやその他の食材にも興味深いものが沢山あるのに、知名度が低いのは勿体無い話で、もっと、もっと沢山の人に知ってもらえたら良いのに……。

そう思う一方で、昔から愛され大切に守られてきたものを、そのまま静かに放っておいてほしいと思う気持ちが本当はある。工業化され、作業も効率化され、主原料についても価格競争を余儀なくされる。仕方ないとはいえ、昔ながらの味わいが消えていくのは寂しい。なかなか微妙な心境なのだ。

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タイガーナッツブームで人気が炸裂し、今でこそ、一年中飲めるようになった『オルチャータ』。ほんの20年ほど前までは、期間限定つきの夏の風物詩として、誰もがオルチャータの季節を心待ちにしていたものだった。

村祭りの時には、冷水に浸したチュファの実を売る出店が並ぶ。初めて見たときはムカゴだと思ったのにハズレた。充分に水でふやかされて小指の先程になったチュファの実は、その横で冷水を浴びるココナッツの切れ端同様、噛み締めると自然の優しい甘みがジンワリと口の中に広がった。

そんなソウルフードでもある『オルチャータ』なのだけど、実は、夫のおじいさんはその昔、『村一番のオルチャータ屋』さんだった。おじいさんが引く屋台の上のアルマイトの壷の中には、冷たいオルチャータとマンテカードと呼ばれたアイスクリームが入っていた。

夫いわく、おじいさんは頑固一徹野郎で、ひっそりと夜中のうちに一人でオルチャータとマンテカードを仕込み、朝一番、外はまだ薄暗いうちに村に売りに出る。おじいさんの作るオルチャータとマンテカードは村一番と誰もが認める美味しさで、おじいさんが亡くなってから何十年もの間「ダニエルじいさんのオルチャータ」は村の小さな伝説になっていた。それなのに、二人の娘にも作り方を教えることは決してなかったらしい。

「ホントに、変な人でねぇ、背中から照りつける陽射しで出来た自分の影を、邪魔だと言って踏んずけるんだよ。信じられないよねぇ」

と義母は、亡き父を思い出す度にそう言った。

「娘が二人もいるのに、どちらかに教えておいてくれたら今ごろは大成功してオルチャータ御殿でも立ったかもしれない。そうすりゃ、日本でだって売れるかもしれないのに、ね?」

それは、ちょっと話が飛びすぎだと思ったが、レシピを残してくれなかったという残念な気持ちは本心だったはず。何度か自分なりに作ってみては、「こんなもんじゃないのよ、おじいさんのオルチャータはね!」と懐かしく誇らしげに、そして、ちょっぴり寂しげに言ったものだった。

最近では、オルチャータはスーパーに行けば簡単に手に入るようになり、家庭ではあまり作られなくなってしまったが、我が家では今でも、昔ながらの方法で作ってみることがある。

材料はチュファの実と水と砂糖。一昼夜水に浸して柔らかくした乾燥チュファをモルテロ(乳鉢)で潰す。

トントントントントントン……。

ミキサーを使うとすぐに出来てしまうのだけど、こうしてモルテロ(乳鉢)で丁寧に擦り潰すことで独特のモッタリ感が生まれてくる。さらに、これを手動の裏ごし器でクルクルと裏ごしにする。

トマトソースもそうなのだけど、ミキサーで全部一緒くたにガガガガーと攪拌すると、優しい舌触りが無くなってしまう。程よい自然の甘みと舌触り大切にしながら少なめの砂糖と水を加えて冷蔵庫でしっかり冷やす。仕上げにシナモンで香りをつける我が家の味。

頑固一徹じいさんの『オルチャータ』のレシピはもう跡形もなく、今はもう、義母の舌の記憶を手繰ることもすら出来なくなってしまったけれど、夏になると、冷たい『オルチャータ』を飲みながら、温かい気持ちになるのだった。

今年もまた一つの夏が終わった。

頑固一徹じいさんの思い出は、いつまでも生き続ける。

次の夏まで、思い出をそっと箱にしまっておく。

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