【第29話】小さな家族と、都会の現実。
本当に、怒涛の年末年始だった。
まず、私の親への挨拶。予め母に伝えていたことは、やはり父にも伝わっていて、実家に行くと豪華な寿司が用意されていた。
そして、父の好きな銘柄のビール。森岡さんが好きだと母に伝えた、父のとは違う銘柄のビールも。
ガチガチに緊張する森岡さんを誘導し、食卓を囲む。
「はじめまして。こんな豪勢なおもてなし、ありがとうございます。私、森岡と申します。こちら、つまらないものですが……」
手土産を渡し、緊張気味に、でも普段通りの笑顔で受け取る母。よく来たね、と、冷静を装う父。
「今年の夏頃から、ハルナさんとお付き合いさせて頂いてました。そして今回、結婚のお許しを頂きたく、挨拶に参らせて頂きました」
父は、
「夏というと、まだ半年か。少し早い気もするが、大丈夫なのかい?」
「私たち、お互い結婚が目的の人が集まるパーティーで知り合ったの。だから、大丈夫」
「ハルナは黙ってなさい。森岡くんの考えが聞きたいんだ」
「はい……」
言葉を詰まらせる森岡さん。妊娠のこと、言い出すつもりだ。これは確かに、緊張するよね。
母さんには伝えたけど、父さんは知ってるのかな。
沈黙が続いて、森岡さんが脂汗を流してるのが横目でわかった。こっちまで緊張する。
「すみません、実は僕たち、子どもを授かったんです。順番が逆になり、申し訳ない気持ちは十分にあります。でもハルナさんとお腹の子を、これからの自分の生きる糧にしたいと、心から思いました。妊娠を聞いたとき、生まれて初めての感情が湧き出して、その日の夜は一人で泣きました。
綺麗事に聞こえてしまうかもしれませんが、ハルナさんのことを真剣に愛してます。なのでどうか、結婚をお許しください」
も、森岡さん……やればできるじゃん。
聞いてて涙が溢れてきた。親の前で泣くなんて、子どもの頃以来だ。恥ずかしいけど、止まらない。
黙って聞いている父に、
「私も同じ気持ち。この人と結婚したいの。幸せな家庭を築きたい」
泣きながら言ったら、父まで泣き出して、
「わかった。二人の気持ちは、よくわかったよ。実は、母さんからもう聞いていたんだ。だから、全部知ってたよ。その上で、二人の覚悟が聞きたかった」
「ありがとうございます。本当に……嬉しいです」
目頭を押さえながら、森岡さんは言った。
私も母も号泣していた。私たち家族も、こんなふうに、家族のステップアップで感情を一つにして、泣けるんだな。
今まで、入学式とか卒業式とか成人式とか、感動はしたものの、こんな、泣いたりしなかったよ。
やっぱり、結婚するって、妊娠するって、それまでとは違うレベルのステップアップなんだな。
そうだよね、新しく家族を築くんだから。
「父さん、母さん、ありがとう。今まで育ててくれてありがとう。今度は私が親になるよ。だから、これからもよろしくお願いします」
涙を堪えて、今までの人生で一番の感謝を込めて伝えた。ちゃんと自分の言葉で、伝えられて良かった。
その後は、和気藹々としたささやかな宴が行われた。
私は妊婦だからお酒は飲めないし、お寿司もやめておいた方がいいかな?と思いつつ、少しだけ食べた。
幸いつわりもなく、あまり実感がない。
このまま、無いといいのだけど……
森岡さんがお風呂に入っている間、ひとときの親子水入らずになり、母から、
「本当に、おめでとう。お母さん、今度はおばあちゃんになるのねぇ。嬉しいな。ハルナ、ありがとうね。お母さんに孫を与えてくれて♡」
「俺も、おじいちゃんになるのかあ。不思議な感覚だ。まだ全然、実感がわかないけども、ハルナ。仕事とか、無理するなよ」
相変わらずの母だ。まだ安定期に入ってないのに、気が早い。
父はさすが、サラリーマン一筋の現管理職。アラサーのバリキャリが仕事で大変な状況になることがあることを、きちんと理解してくれてるな。
両親の、こんな気持ちを聞いてしまったら、死んでもお腹の子を守らないと……。無理せずに、自分と赤ちゃんを大切にしよう。
✳︎
24日は夫と銀座のシンガポール料理店で肉肉しいディナーを食べました。
そこでもデザートにクリスマスの特別ケーキが出たけれど、帰りに駅の特設コーナーで有名ブランドのケーキも買って帰りました。
「そんなに食えるの?俺は要らないからね?」
「夜食にするのー。食べないなら、ふたつ食べちゃうもん」
「そしたら、今日だけでケーキ3つじゃん笑。それで太らないんだから、ズルい体質だよなぁ」
この数年、会食や飲み会続きでジワジワと太り始めた夫は、恨めしそうにわたしを見ながら言いました。
そうですね、貴方はもう何年も見ていないけど、わたしの下腹部も太ももも、お尻も、出会った頃と変わらないか、むしろヨガのお陰で引き締まっているかも。
✳︎
翌日、25日。夫はわたしが起きた頃にはもう家に居らず、自称、出張へ出掛けたようです。
2泊3日と言っていたので、わたしとしてもちょうどいいかな。コウ君と会っても、のんびりする時間もある。
イベントの後、うちに来るのでしょうか?念のため、来ても大丈夫なように最低限のお掃除を済ませ、着替えてメイクをし、広尾のお店に向かいました。
街はまだクリスマスムード。明日からはお正月ムードに切り替わると思うと、不思議です。
今飾られてるツリーも、今夜中には撤去される。見えないところで、頑張ってくれているスタッフさん達がいるのです。
その人達のおかげで、わたし達は季節感を堪能し、例え偽りでも、いっときの甘美な時間に酔い、美味しいお酒に呑まれて、現実を忘れられます。
お店に着くと、オーナーさんもいらっしゃって、初っ端からなんて気まずいの!?と、思いました。
「ご無沙汰してます。その節は、ご迷惑をおかけしてすみません」
「おー、アヤミちゃん久しぶり!その節?なんかあったっけ?最近忙しすぎて、ほぼ記憶なくてさぁ!ごめんねー」
優しさなのか、本当に忘れてしまったのか、わたしには判断しかねましたが、弄られたりせずにホッとしました。
わたしとコウ君のVIPルームでの密会を、女子スタッフの長谷川さんが盗撮したこと。それが、オーナーに伝えられて店内で問題になったこと。
ヒロ君にバレて、怒られたこと。懐かしいです。
「あ!アヤミちゃん!来てくれてありがとう」
ビールの樽を持ったコウ君がわたしを見つけて、声をかけてくれました。薄暗く、所々でスポットライトが光る店内は慌ただしく、これから始まるパーティーの盛り上がりをすでに予感させます。わたし、馴染めるでしょうか?
「こんばんは!さっき、オーナーさんにも挨拶できたよ。なんか、忙しそうだね?わたしに手伝えることある?」
「ん、大丈夫!そろそろお客さん入ってくる時間だから、立ちっぱなしが辛そうなら、席確保してテキトーに飲んでて?」
「ありがと。じゃ、また手が空いたら声かけてくれる?」
「うん!絶対、お持ち帰りされちゃダメだよ?」
「あはは、それは、うん。約束します」
「ありがとう!じゃ、あとでね」
なんだか、お仕事に励んでるコウ君を見てキュンとしました。あんなこと言ってたけど、むしろコウ君の方が、若くて美人なお客さんに逆ナンされて、お持ち帰りされそうです。
そうなったら、ショックだろうなぁ……苦笑
連載はマガジンにまとめてあります。
https://note.com/virgo2020/m/mb26b6eec578a