東なのに西? 南なのに北?
東西南北って正しくあるべきだ。
東に西はあってはならないし、南に北があってはならない。
でも現実世界には東に西が、南に北があったりするのだから、この世の複雑さは簡単には言い表せない。
東なのに西?
神戸に灘というJRの駅がある。
この灘駅から東に少し行くと、阪神の西灘駅がある。
ん? 東なのに西?
阪神だけではなく、阪急の王子公園駅も昔は西灘駅だった。
そもそも灘とは、現在の神戸市から芦屋市、西宮市にまたがる地域のこと。
下図で言えば、ピンクで示したエリアになる。
以前も日本酒の記事で紹介したことがあるが、この一帯は日本酒の一大産地で、灘の酒として名高い。
明治になって鉄道が敷かれ、大正6年、灘駅ができた。
かなり西端ではあるが、ぎりぎり灘地域の中だから間違いではない。
当時、灘地域には上図のように3駅あり、それぞれ甲子園口、西ノ宮、住吉とその地の名がついていたため、灘の名が残っていたということらしい。
ちょっと西だけど灘とつけちゃえ!といったとこだろうか。
その後、私鉄も続々開業。
昭和2年に阪神が、昭和11年に阪急が、それぞれ西灘駅を置いた。
こちらは古来の灘地域の西にあたるという理由で西灘と名乗った。
結果として灘駅の東なのに西灘駅という逆転現象が起きてしまった。
灘駅でこんな会話があるかもしれない。
「あのぉ…西灘駅に行きたいんですが…」
「あぁ、西灘ならここから東へ歩いてすぐですよ」
「???」
しかし誰も間違っていないだけに、どうしようもない。
一つややこしい話をつけ加えていいだろうか。
JR灘駅の東隣にJR摩耶駅という新しい駅があるが、これは以前貨物駅として東灘駅を名乗っていた。
え? もう何? 西? 東?
さらに言えば、神戸市灘区、東灘区だって灘地域で言えば全部西!
古来の灘地域の西の端で繰り広げられた、東西入り乱れての灘物語。
南なのに北?
東京・品川にも同じ現象が。
先日NHKの番組でもやっていたので詳しくは述べないが。
JR品川駅の南に少し行くと、京急の北品川駅がある。
由来は驚くほど西灘駅と同じだ。
(© DIAMOND)
東海道五十三次の品川宿で知られる本来の品川は、今の品川駅よりずっと南の沿岸部。
明治になって鉄道が敷かれ品川駅が誕生したが、品川宿から北に離れたところに駅を置いた。
品川の住民が鉄道を嫌ったためだ。
今と違って鉄道は蒸気機関車の時代、煙と火の粉が飛んでくると嫌われた。
同様に住民の反対運動で町から離れたところに国鉄の駅が置かれた例は岡崎駅(愛知県)、松山駅(愛媛県)など枚挙にいとまがない。
後に京急が誕生し、本来の品川の北辺に北品川駅ができた。
品川駅の一つ南に北品川駅、これも誰も悪くない。
が、羽田から品川に向かいながらまどろんだ人が、「まもなく北品川~」とのアナウンスを聞いて、寝過ごした!と慌てることはありそうだ。
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何もない時代に線路を敷いた国鉄は、ざっくりこのあたりが灘、品川と名づけ、その後に地元密着で線路を敷いた私鉄は、より正確な地名に基づいて西灘、北品川と名づけた。
時代の違い、感覚の違いと言ってしまえばそれまでだが、現代にまで残る東西南北の乱れは積み重ねられた歴史そのものだ。
(2021/12/20記)