紫式部は最高のスタイリスト
源氏物語は、日本が世界に誇る文学の象徴でもありますが、その中に登場する衣装の、洗練されたセンスにも
驚かされます。
私がそれに気付いたのは、
源氏物語の登場人物達の衣装を、古来からの染料で染め、再現されておられる染織家の
吉岡幸雄先生が書かれた、
源氏物語の色辞典を読み、
そこに掲載されている、衣装や布の数々を見る事が出来たからなのです。
平安時代の貴族女性達は、
平安京の雅な四季の色彩を、
着物に写し、重ね着することで、襟元、袖口、裾などから溢れる色彩を楽しんでいたのです。
それは、
襲(かさね)と呼ばれ、
当時の絹は薄く透けたので、
上下の色が重なり合い、更に深みのある、微妙な色合いを表現できたようです。
襲など衣装の知識は、宮中に勤める女房の教養の一つでもありました。
自分が仕えるお姫様を、より美しくハイセンスに装わせ、帝の心を捉えなければならないのですから、女房が知恵を練るのは必然。
衣装は女の武器ですもの。
紫式部は藤原道長の娘、
中宮、彰子の女房でしたから、衣装の知識も豊富だった
事と察します。
登場人物達が纏う衣装の色合いは、吉岡先生の手腕によって、見事に再現され、本を何度みても、その優美さは私を夢中にさせてくれます。
そして紫式部が、どの人物に、どのシーンで何を着せているかが面白く、衣装の効果で、人物像まで浮き上がってくるのです。
平安時代の歳の暮れ。
位の高い男性達には、自分が世話をしている女性達に、
晴れ着を贈ると言う習わしがありました。
その、衣配(きぬくばり)と
呼ばれる場面には、
源氏から、女性達への贈り物
の描写が出てきます。
💜源氏の妻、紫の上には、
一番高価で、高貴な、山葡萄で染めた紫に、流行りの紅花で染めた艶やかな赤を重ねて。
💙尼になっている、元恋人の
空蝉には、青鈍(あおにび.グレー)に、紅花で染めたピンクと、梔子で染めたオレンジを
重ねて。
💖源氏の側室、明石が生んだ
姫君には、娘らしく、紅花で染めた濃い赤の上に、透ける絹を重ねて、桜の花を表す
桜襲を。
どの組み合わせも、洒落ているのですが、
私が一番印象に残っている
色の組み合わせには、
色がありません。
身分の低い側室、明石が、
我が娘の将来を案じ、子供のいない正妻、紫の上に我が子を託さざるを得なくなり、
母娘の別れのシーンで、
紫式部は白一色の氷襲
(こおりがさね)を明石に着せています。
冬の朝、雪が降り続く中、
明石は、娘との別れが
辛く泣き続けていますが、
純白の絹を重ね着るその姿は気高く、身分の高い女にも、ひけをとらないと書いているのです。
控えめで、賢く、芯が強い
明石の清らかな人柄と、雪の中での別離を表現する為に、
襲に白だけのグラデーションを使う事で、物語が更に、
ドラマティックに演出されている様に感じます。
衣装から感じられる紫式部の洗練された美意識は、1000年の時を経た現代においても、モダンで麗しく、着る物を
詳細に書いているのは、
彼女自身が、とてもお洒落好きだったのでしょう。
どんな襲が好みだったのでしょうか?
興味深いところです。
吉岡先生の本に巡り会い、
実際に、平安王朝の色彩に触れた事で、私の中の源氏物語に血が通い出し、登場人物達の姿がより、生き生きと実在に近くなり、小説でありながらも、まるで、ドキュメンタリーを見ているような錯覚に陥りました。
風土が人を生むと聞きます。
京都の風土が織りなす、
雅やかな四季。
春には桜が謳歌し、萌え出ずる新緑。息の詰まるような
酷暑の夏の次には、燃え上がる秋。そして、爪の先まで凍る極寒の冬。
都人の美意識は、このような
自然の佇まいの中から、生み出されたように思えます。
それに加え、中国から伝わった文化と融合させ、斬新な
日本の美を創り出した、
平安王朝文化。
願わくば、平安王朝の時代に生まれ、この時代の文化を、我が目で見たかったものです。
紫式部の端女にでも
使って頂けるでしょうか?