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No12 女と浴衣 白木蓮の着物Love


日暮れ時。
髪をアップにした浴衣姿の女の子が、急ぎ足で下駄をカタカタ鳴らしながら、地下鉄の改札を駆け抜けてゆく。


花火大会で、彼氏と待ち合わせかなぁ?
あの浴衣は新調したのかしら?
今時の女の子達は、毎年のように浴衣を作ると聞くわね。


浴衣を着て色っぽい貴女に
彼はドギマギするかも。
着崩れないように祈ってるわ。


浴衣の女の子を見送ると、
懐かしい想い出が蘇って来た。

私の故郷の漁師町では、8月半ばになると浜に櫓を組み、町総出の盆踊り大会が開催されていた。


夏の祭りや盆踊りには、デンジャラスで甘い香りが漂う。

子供の頃の本能的な想いを
言葉に変えるなら「誘惑」とでも表現しようか。

おませだった私は、その夜だけは自分も大人の仲間入りが出来そうな気がして、毎年、盆踊りの夜を待ち侘びたものだ。

少女の頃は、イカしたお兄さんや綺麗なお姉さんが、浴衣を着てペアで踊る姿に憧れ、いつかきっと私も、
「素敵な人と踊るんだ」
と、恋人達の姿に心をときめかせた。

中2の時に、母が生地から選ばせてくれた浴衣は大のお気に入り。

綿コーマと呼ばれる木綿の紺色の生地に、白抜きで大きな蝶が飛んでいる粋な柄だった。


友達達は、紺地に色の入った浴衣を着ている娘がほとんどだったけれど、私は紺白のキッパリした色使いに惹かれ、20代の半ばまで繰り返し着た想い出がある。


帯は母のこだわりで、つけ帯ではなく紅と黒の博多の半巾帯を締めた。


今回、書いてみて初めて気付いたのだが、シンプルで粋な着物が好みなのは、この浴衣が原点になっていると感じる。

半世紀近く過ぎても好みは変わらず驚くばかり。
この浴衣は、今だに私のお気に入り浴衣No1である。

18歳の盆踊り。
近所に住んでいた4歳上の
大学生のお兄さんからの

「shall we dance?」


「きゃー!待ちに待ったペアの盆踊りだわ」
と、心の中で思っても、あまりに嬉しそうにすると、

「俺を意識してるんだなぁ、
この娘」

って、気付かれたくないから。平静を装って。

でも、とっくに気づかれてるわよ。

ねっ。

あの頃は、たった4歳上でも凄く大人に思えて。
ほのかな恋心を抱いていた
お兄さんだったから、
私はドキドキ。

湿度の高い生温かい海風。

仄暗い提灯。

櫓から響き渡る太鼓の音。

お酒の匂い。


しゃがれた声が張り挙げる
盆踊り歌。

少女から女性に変わってゆく
過渡期に、私はこの蝶の柄の浴衣を纏い毎夏を過ごした。


さなぎから蝶へと脱皮する私を包み込んでくれた浴衣。



蝶柄の浴衣の後、二十代の半ばを過ぎると、仕事も遊びも精一杯謳歌し、それを表すかのような向日葵の絞り。


30代に近づくと、選ぶものが変化し、カジュアルさの中にエレガントな雰囲気が加わった、綿紬に百合の柄。

仕事先の年配女性から、
「色気が出てきたわね」
と言われ驚いた頃である。



30代。
私は着物に恋をしていた。

選んだのは、江戸の粋を感じる有名な老舗の浴衣。
青の綿紅梅に白い千鳥が飛ぶ、シンプルでパワフルな
柄ゆきである。


自分の個性を探し求めた時代だった。

そして迎えた40代。
がらりと好みが変わり、初めてしっとりした浴衣を選んだ。

紫の木綿地に、白で萩が描かれたアンティークである。

悩みも多く、人生の中で一番苦しい時代であったが、今になればそこから生まれた、
得難い宝が沢山ある。

50代に入った頃。
地球温暖化が急速に進み、それと共に私は暑さに弱くなり一度も浴衣を着ていない。




それぞれの浴衣には、その時代の私が生きた道が重なる。

着るものは、自分自身を表す象徴の様なものだから、選んだ浴衣はどれもこれも過去の私だ。

愛しい私だ。


浴衣を着なくなって久しい。

もし作るとしたら、60代に入った私は、どんな浴衣を選ぶのだろう。

青春を経て、朱夏を乗り越え、白秋と言う季節を生きている今。

どんな浴衣を選ぶのか?
どんな私になっているのか。


我ながら興味深々である。
























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