新国初のベッリーニは「ベッリーニ・ベルカント」の極み〜シーズンオープニング「夢遊病の女」
ベッリーニを1曲もやってない。
イタリアオペラ好きにとって、新国立劇場に対する大きな不満はそれでした。開場して四半世紀以上になるのに、この19世紀イタリアオペラの偉大な作曲家の一人の代表作、そしてイタリアオペラの代表作の一つである「ノルマ」すらやっていないなんて。それで国立のオペラハウスと言えるでしょうか(すみません極論です)。
ようやく、待望のベッリーニオペラが実現する日が来ました。それもシーズンのオープニングです。
演目は「夢遊病の女」。「ノルマ」ではなかったですが、やはりベッリーニの代表作の一つで、イタリアのベルカントオペラを代表する演目の一つです。
ベッリーニをなぜやらないのか、と、以前ある新国の関係者に聞いたところ「歌手がいない」。。。いやあそんなことないでしょう、と思いましたが。
もう一つ、「オーケストラが退屈してしまう」と言う話も、実は芸術監督が記者会見の際にチラと漏らしていたんですね。特に「ノルマ」はそうだとか。。。
うーん、でも、2011年だかにドルトムントで、ヘンゲルブロックの指揮で聴いた時は(バルトリがノルマを歌うと言うので飛んで行ったのですが)、ベッリーニってオケも天才!だと思ったんです。まあ、ピリオド楽器だったせいもあるのかもしれませんが。。。
いや、ピリオド楽器関係ない!ベッリーニはオケもちゃんと書いている!オケもベルカントなのだ!
今回の「夢遊病の女」で何より痛感したのはそれでした。
歌手は(後で書きますが)ヒロインを歌ったムスキオはじめ素晴らしかったですが、歌手もオケも「ベッリーニのベルカント」を実現していたのは、それを統括していた指揮のベニーニの手腕にだと思います。
実際、歌手の方やオーケストラの方が、マエストロの指示がとても細かい、と言ってましたから。
まずオーケストラの音色です。柔らかい。しっとりした絹のような手触り。東京フィルからこんな音色を聴いたことがありません。そして繊細。弱音が美しく、細やかで、聞こえるか聞こえないかの綱渡りをしている。それが、これまた柔らかなレガートで、細く長く続くのです(オケは確かに大変!!!辛抱強くなくては務まりません。ヴェルディの「ウンパッパ」の方がまだやりやすいのでは。。。)。まさにベッリーニ節!柔らかく、エレガント。ベッリーニはイタリアでも成功しましたがフランスでも大変人気があり、ショパンもワーグナーもハマりましたが(2人とも外国人ですがパリに住んだことあり)、それは息の長い美しい旋律に加え、エレガントだからでは、と思い当たりました。フランス人はエレガンスを大事にしますから。
「夢遊病の女」は実演でも何度か聴いていますが、これほどオーケストラに感銘を受けたことはありません。そして全体の音楽作りでも。
合唱も素晴らしかった。「夢遊病」で、合唱がこれほど(村人たちの)「人格」を代弁しているのか、と思ったのは初めてです。場面場面の合唱に「色」がありました。
歌手陣も抜群でした。
ナンバーワンは、多くの方々もおっしゃってますが、ヒロインのアミーナを歌ったクラウデイア・ムスキオ。1995年生まれだそうですからまだ20代!アミーナはつい先ごろ、所属しているシュトウットガルト歌劇場ででビューしたそうです。
このムスキオ、まさにアミーナにぴったりでした。まず声が柔らかい。どの音域でも柔らかいのです。まさにびろうどの手触り。そして「自然」で無理のない発声(に聞こえる)。だから聴いていてとても心地がいい。技術は極めて正確ですが(アジリタも柔らかいけれど音の粒は立って正確)、それが柔らかくて暖かな音色にハマると、人肌の温かみが生まれます。繊細で愛に満ちたアミーナが生まれるのです。フレージングも自然で、レガートも柔らかい。うーん、これぞ「ベッリーニのベルカント」!(ベルカントと言っても作曲家によって色合いは違いますから)。
ムスキオ、若くて小柄で美人で、その点でも若く純粋で儚いアミーナにぴったりでした。新国待望のベッリーニで、こんなヒロインが聴けるなんて。待っていた甲斐がありました。
相手役のアントニーノ・シラクーザは、日本でもそして新国でもお馴染みのベルカントのスター。なんと還暦!だという。でもまだまだ保っているのが素晴らしい。歌手の鏡ですね。2002年だかに新国で「セビリアの理髪師」の伯爵を歌った時、大アリアをアンコールして会場が沸きに沸いたのは鮮烈に覚えています。「チェネレントラ」のドン・ラミロも素晴らしかったし、フローレスのピンチヒッターで「清教徒」に来てくれたのもすごく良かった。シラクーザはフローレスのような最高音は出ないのですが、暖かく明るく温かみのある声、すっきりしたクリアな響き、何より太陽のような音色が素晴らしく、聴く人を幸せにしてくれます。パヴァロッティの後の世代で、聴き手を幸せにする声を持っているイタリア人テノールってシラクーザだと思うんです。
シラクーザがすごいな、と思うのは、まずレパートリーを変えないこと。「セビリア」の伯爵をまだ歌っている。ベルカントから動かない。それはすごいことです。流石に高音域はかつてほどではないですが、声の魅力は健在だし(一声で「シラクーザの声だ」とわかる声!)、技術も衰えていない。いつまでも聴いていたい幸福感に浸らせてくれる声。
今回歌ったエルヴィーノは、ちょっとお坊ちゃんで困ったところもありますが(笑)、アミーナに対して嫉妬深い、それが愛情の裏返し(イタリア人だなあ、笑)、と言う点が声でも演技でもよく出ていて、役柄にちゃんとハマっていました。
日本人歌手たちも大活躍。ロドルフォ伯爵役の妻屋秀和さんは発声がとてもベルカントに、柔らかくなっていて、発語も綺麗でイタリア語がよく響き、精進されたのだな、と感銘を受けました。ちょっとエロな性分も演技でよく出されていて、適役(適役にしてしまった、のかも知れず、それは実力ですね)。
敵役リーザの伊藤晴さんは強めで輝かしい高音域と表現力豊かな中音域が恋に悩む女に相応しく、養母テレーザ役の谷口睦美さんは明るく艶のある声と深い表情でアミーナに寄り添い、リーザに恋するアレッシオ役近藤圭さんは絶妙の歌役者ぶりで脇を固めました。
バルバラ・リュックの演出は、アミーナの心理?を表すダンサーを配したところが新しく、最後もちょっと衝撃的。ドラマの影の部分を際立たせたのでしょう。
(繰り返しですが)新国初のベッリーニが、期待を遥かに上回る水準だったことは本当に喜ばしい。ぜひ、観劇していただきたいです。
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