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ひっかかった錠剤【短編小説】
「とりあえず、お薬出しときますね。食後に一回、ちゃんとこれ全部飲んでくださいね」
昔、医者から言われた。でも、この忠告を一度も守ったことはない。必ず何錠か残ってしまう。そのたびに、よく分からない錠剤が増えていく。おそらく二度と服用されることなく。
夏休みの昼下がり。母がパートでいないので、家には、一日中ゴロゴロとしている兄と二人きりだった。この人は、ちゃんとバイトでもしているのだろうか。日光よりもブルーライトを浴びているナマケモノを横目に課題に取り組んでいると、声が飛んできた。
「そういや、今日、冷蔵庫に何もないらしいんだけど、どっか食い行く? もちろん俺の財布で」
ついに、彼女でも出来たのかと、気分が乗っている兄を疑問に思いつつ、珍しく誘ってきてくれたので、話に乗ることにした。食べたいものを聞かれたが、これと言った食べたいものがない。少し悩んだが、
「んじゃ、モールにするか。涼しいし。なんでもあるし」
この一言で、ショッピングモールに決まった。
なぜ、真夏の一番熱いタイミングで、外に出てチャリを漕いでいるのだろうか。おかげさまで、ショッピングモールに着く頃には、汗だくだった。早く免許取れよと、愚痴りかけたが止めた。やっとの思いで入ると、冷やされた空気が慰めてくれた。出来るだけ長くいよう。もう外界には出たくない。
入ってすぐある本屋コーナーで、兄と新作のマンガを見ながら、これがいい、あれがいいと勧め合い、目的のフードコートへ向かう。平日の昼過ぎではあったが、意外と人がいた。
兄は、ペッパーランチ、自分はチャンポンを選ぶ。料理を机まで持っていくと、向かいの肉食動物はすぐに食べ始めた。相当、腹が減っていたんだろう。チャンポンはこういう場所でしか食べないので普通においしかった。
お互いに食べ終わって、一息ついていると、おもむろに兄は薬を取り出した。
「何の錠剤?」
「アトピーの薬だよ。これでおさまるといいんだけどねぇ」
あんまり効果が無いのか、ぶっきらぼうに言うと、一つ取り出して水と一緒に口に流し込んだ。
「あんまり錠剤タイプって好きじゃないんだよね。引っかかるし」
飲み込んでから、兄が少し愚痴を言う。自分も下手なのかもしれないが、よく喉に引っかかるので、共感できた。
食後の一息もつき、どこか移動をしようかと周りを眺めていると、三人組の中に、見覚えのある顔があった。確証はなかったが、おそらくあっているはずだ。見たのは、中学以来か。卒業してラインも交換し、春休みの間はよく話していたが、高校が始まるとめっきり話さなくなってしまった。久しぶりに話しかけようかと思っていると、タイミングをうかがっていると目が合った。
だが、それ目はとても冷たかった。明らかに中学のころとは違っていた。少しショックだった。いくら時間が空いたといっても、中学の頃は普通に話していたし、そこまで仲が悪くなったわけでもない。ほかの二人に迷惑をかけたくなかったのか。それとも、中学生から高校生になったことで、変わってしまったのか。
ふと下を見ると、兄が服用して残った錠剤たちが机に置かれている。昔、飲んでいた薬を思い出した。治りが早かったから、もう飲まずに、そのままにしていた。こんな感じで、自分も取り残されてしまったのだろうか。
あの子自身が、中学というコミュニティを抜け出して、新しい世界に溶け込んでいこうとしたのだろうか。もちろん、それも間違いではない。それに、自分の勘違いだった可能性も大いにある。それでも、置いて行かれた人間としては、とても寂しかった。
ショックを受けて、うつむいている弟に気づいたのか、
「おう、どうした?元カノでもいたか?」
と変なことを言い出した。すぐに否定して突っ込むと、何かを察したように、
「まぁそういう時もある。こればっかりはしょうがないわ。結局、過去は過去だし」
と、分かった風の浅いことを言いだした。箸にも棒にも掛からないそんな言葉に思わず、噴き出してしまい、
「いや、よく分かんないよ。何、言ってんの」
と言い返してしまった。しかし、兄は、気にせず笑っていた。兄自身では、いいことを言ったつもりだったらしく、なぜ、自分に響かないのか首をかしげている。いや、響くわけないでしょ、と思いつつも、そんなアドバイスが、自分の喉に引っかかっていた何かを落としてくれたように感じた。