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ヤングアダルト【短編小説】
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
気づくとそう呟いていた。
好きなバンドの曲の歌詞にそうあったからだろうか。いや、おそらくそういうわけではないだろう。もっとなにか深い理由があるからだと思う。でもわからない。なんだか届きそうで届かないような、はるか上にあるわずかな光に手を伸ばしているような感覚。
そんなことを思いながら、下宿先へと辿り着く。微妙に暗い照明も、一年も経てば慣れたものである。このワンルームの部屋も、最初の方は確かに広くて嬉しかったが、今の自分には、広すぎる。自分が小さく見える。
椅子に腰を掛け、黙々とスマートフォンをいじり、派手な色をしたカメラのアプリをタップする。開いてすぐ、上の帯がかかったアイコンを押すと、高校時代の友達が楽しそうに遊んでいる写真が映っていた。相手の友達は知らない顔だったから、大学で知り合ったのだろう。そこに映る5秒の静止画ははるかに長く、眩しいほどキラキラしていた。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
また、口に出していた。その言葉が広すぎる空間に沈んでいく。はっきりとした明暗の出来上がりである。
大学生になって、学業以外のたくさんのことを学んだ。別に一人で過ごしていても何も言われないこと。一人の人に対する冷ややかな視線が、そこまでないこと。構内や食堂に行くと、意外と一人の人が多いこと。正直、一人で生活することになったらどうしようと思っていたので、少し安心していた。
でも、友達はいるに越したことはない。だから、何人かに話しかけたりして、大分話せるようにはなった。一応、友達は出来た。話をして盛り上がることもある。何度か遊びにも行ったことがある。でも、何かが違うと思ってしまう。中学や高校の時とは違う。何かが。安心感?
いや、おそらくみんな大人になってしまったのだろう。高校から大学に入る時に大人らしさをインストールしたのだ。そして、自分は子供のままで中学・高校時代に引っ張られている。早く地元に戻りたいと思ってしまう。長期休みが来てほしいと思ってしまう。
生命を吸い取られるようにスマホを見ていると、通知が一件届いた。わずかな期待を膨らませたが、すぐにしぼんだ。届いていたのは公式アプリからだった。ブロックなりなんなり、しない自分が悪いのだが、思わずスマホを投げそうになる。いつものように削除するとまた、通知が来た。また公式かよ。そう思って見てみると、公式ではなく大学の友達からだった。
『今暇?』
たった3文字。簡潔な語と記号が送られてくる。
『まー暇っちゃ暇だけど』
『飯食いにいこうぜ』
『へいへい』
『じゃ10分後いつものところで』
断る理由もなかったので、適当に返事をした。冷蔵庫の中身がスカスカであったのでちょうどよかった。彼は、よく夕飯や遊びに誘ってくる友達で、大体彼の誘いには乗っかっている。さっき帰ってきたので、出かける準備は万全である。
早めに出ようかと思った時、突然スマホがぶるぶると震えた。通話ボタンを押すと、慣れ親しんだ声がスピーカーから聞こえてくる。
『もしもし、涼平? 久しぶりー。わりぃな、突然電話かけちまって』
『おぉ徹じゃん! ホントに久しぶりだなぁ。全然大丈夫だよ。どうしたん急に電話かけて』
少し口角が上がった気がした。
『いやぁ久しぶりに声が聞きたくなってさあ』
『彼女かお前は』
『相変わらずツッコミが早いな。 いやぁさ、夏休みまた地元で遊ぼうぜ』
『よっしゃ。あそぼあそぼ』
『じゃまた詳しい日程は後で言うわ。そいじゃあーねー』
『じゃあね~』
少しだけ名残惜しかった。これじゃあ自分がアイツの彼女みたいな感じじゃねーか。
それでも、1分にも満たない通話時間は充実したものだった。やっぱり高校の同級生と話すのはめちゃくちゃ楽しい。心の底からそう思った。
時間を見ると、集合時間を過ぎようとしていた。遅れると思うと同時に、現実に引き戻されたような感覚に陥った。自分の中の喜怒哀楽が切り替わった気がした。改めて自分は過去を引きずっているのだなと実感した。
そんな気持ちを持ちつつも、このままだとかなり遅れるので、すぐに外に出て急ぎ足で集合場所に向かった。目的地に着くと、彼の乗っている車が見えたので、助手席に乗り込む。
「ちょっと遅かったな~」
「ごめんごめん、少し電話してて遅れた」
「何? もしかして彼女?」
彼は右手の小指を立てている。
「違げーよ。ほら、行こう」
「なぁ~んだ、つまんねぇの。じゃ行きますか」
やっぱり、さっきの電話と比べて波長が違うなと思ってしまった。友達を比べるのは失礼だが、彼と話しているとノリのようなものが合っていない気がする。彼はそんなことを気にするわけもなくエンジンをかけ、車を動かす。辺りはすっかり暗くなり、信号機の光が、夜の道をか弱く照らしている。
音楽がないとつまんないと言い、スマホを通じてオーディオから音楽を流す。彼曰く、最近ハマっている曲らしい。奇しくもそれは自分の好きなバンドの曲だった。ハンドルを握りながら、彼がイントロから口ずさんでいる。
「夢を見失った若者たちは…」