抄訳・源氏物語〜帚木 その八〜
「私が間違えるなんて、そんなことありません。ただ私は心のままあなたに会いにきたのに、あなたは知らない顔をされるのですね。私は他の者がするような失礼なことはしません。ただ少し私のこの気持ちを、あなたに聞いてほしいのです」
そう言って、とても小柄な空蝉を抱き上げて障子を出たところ、先程呼んでいた女房の中将の君が向こうからやってきた。
「あっ」と源氏が声を出したので、中将の君があやしく思い、手探りでその声の方に近づいて行こうとしたら、源氏の着物に薫き込められた香が一面に広がっていたので、これが誰なのかすぐにわかった。と同時にこれはどうしたものかと悩んだ。普通の男ならば払いのければいいが、そうもできない。また大きな声を出して周りに知れたら夫人の不名誉となるかもしれない。などと色々考えてしまい、おろおろしながら源氏の後をついていった。源氏はこれを無視して、自分が元々いたご座所に入って行った。障子をしめながら源氏が、
「夜明けに迎えに来るように」と言ったので、抱き上げられている空蝉は、女房がどう思ったかを考えると死ぬほど恥ずかしかった。あまりの恥ずかしさに汗が滝のように流れる。そんな様子を見て、源氏はまたそれも可愛いと思って、次々に優しく甘い言葉をかけるが、空蝉はただただ情けないと思うだけだった。
「こんなことが私の身に起きるなんて、現実のことだと思えません。私など取るに足りない者かもしれませんが、だからと言ってこんな辱めを受けるなんて、軽い気持ちでは無いとおっしゃられても、信じられません。私のような身分の低い女には、それなりの生き方があるのでございます」
強引な態度の源氏に対して、本当に辛いと思っている様子を源氏自身も気の毒な事をしているとは思っていた。
だが気後れするほどの立派な空蝉の態度に心惹かれて、
「あなたがおっしゃる身分の違いが私にはよくわかりません。こんなこと、私も初めてなのです。それなのにあなたは私をその辺の男と同じように思われるなんて、残念です。噂で聞いておられるようなことを私はしておりません。あなたとは前世からの縁だと思っているのです。でもあなたの気持ちもわからなくはないのですよ、なのに自分でもどうしていいのかわからないのです」
などと、真面目に色々と言っている。
源氏が他の人とは比べようもないほど美しいので、空蝉は『私のようなものが』と思ってますます気持ちを許すことができないでいる。だから無愛想でつまらない女で押し通そうと、そっけない態度でいるが、元々の人柄が良くておとなしい性格でもあるので、無理矢理気の強い女のふりをして拒んでいる。だからしなやかにしなる竹のような感じで、余計簡単に折れそうもない。
本当に辛く嫌な思いで泣いている様子などが、可哀想で気の毒でもあるが、このまま別れたら、心残りになっていただろうと源氏は思っていた。
どうやって慰めていいものかと悩んで、
「なぜ、あなたは私をこんなにも拒まれるんですか。思いがけない出会いこそ前世からの縁だと思ってはくださらないのですか。男女の仲がまるで初めてのように泣かれるのは、とても辛いのです」と源氏が言うと
「私がまだ人妻ではなく、親元にいる娘の時、このようにあなたから情熱的に想われたのであれば、自分勝手な思いで、あなたの愛を信じて待つ身にもなれたと思いますが、魔がさしたような一夜のことでは、とてもそんなふうには思えません。もう私には恋はいらないのでございます。ですからこのことは、何もなかった事にしてくださいませ」と言って悲しんでいる様子が、空蝉の言う通りだと思い、なんとか彼女を慰めようと色々と言葉をかけた。
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源氏はモテモテの17歳の美少年。自分を拒む中流の女子がいるなんて思ってもいなかった。いつもは女の方(女房など)からアプローチをされて、袖にするのが、常だったのにまさか自分が袖にされそうになるなんて。
ここで源氏以外の男なら、キレ気味で強引にもっていくのかもしれないけど、
優しい源氏は甘い言葉でなんとか口説き落としたい。自分の魅力でなんとかしたい。と思って一生懸命なのだろうな〜。
女性の方も本当はまんざらでもない様子。そりゃね、源氏様ですもの。帝の皇子ですもの。気持ちがグラグラと揺れるでしょうとも。でも、自分の立場と、自分の容姿に自信がない。1回で捨てられるのがオチ。とわかっている。
だから、拒む。でもキラキラとした想い出も欲しいかも。
なんて思ったりはしなかったのかな?
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