抄訳・源氏物語〜帚木 その五〜
やっと今日は天気も良くなった。いつまでも宮中にこもっていることもできないので、源氏は久しぶりに左大臣家に行くことにした。
左大臣家では正妻の葵上がいる。妻も家もいつもきちんとしていて隙がなく気高い。昨晩の話じゃないけど、このような女性こそが他の人たちが言う、第一条件に合う妻になるのだろうな。と思いながらも、初めて会った時と変わらなく打ち解けてくれない妻を、物足りなく思って、中納言の君や中務などの若く優れている女房たちと、冗談を言いながらくつろいでいた。
この日は暑かったので、薄い部屋着だけでくつろいでいる源氏を見ていた女房たちは「本当に素敵な方」だと思いながら楽しんでいた。
娘と婿に会いに左大臣が部屋に来た。部屋着でくつろいでいる源氏との間に、几帳をたてて席について話そうとすると、源氏が小声で「暑いのに」としかめ面で言うのを、周りの女房たちがクスクスと笑うので「静かに」と言いながら、休息に寄りかかる姿がなんとも上品で優雅だった。
暗くなってきた頃、
「今夜は、中神が内裏からこちらの方角へお通りになられます。御所からすぐに、こちらに来ておやすみになっては、方塞がりになってしまいます」
と源氏の家従が伝えてきた。
「そうですよ。いつもは避けられる方角ですのに」と女房が言うと
「でも、二条院も同じ方角だからどこに行けばいいか。それにもう疲れて寝てしまいたいのに」と言いながら源氏は寝所で横になろうとしてたので、
「このままでいいわけありません」と家従が声を荒げて言うと、
紀伊守で仕えている者が「中川の辺りにある家が、最近川の水を庭に引き込んだそうです。そこならば涼しく過ごせるかもしれません」と言ってきた。
「それはとっても良いね。でも大変疲れているから、牛車のままで入っていける所がいいのだけれど」と源氏は言った。隠している恋人の家はたくさんあって、そこに方違いすればいいが、久しぶりに来た正妻の家から、方角が悪いからと言って別の女の所に行くのは気が引けたので、渋々方違いをするようにみせた。
紀伊守を呼び出して泊まりに行くことを伝えると。紀伊守は承知はしたが、源氏から離れたところで、同輩に「父の伊予守の朝臣の家で慎みごとがあって、そこの女房たちが家に来ている。狭い家だから迷惑なるのではと心配なのだ」と迷惑げに言ったことが、源氏の耳に届いていて
「そんな風に人が沢山いる家の方がいいんだよ。女性が近くにいないなんて、夜が怖いしね。伊予守の家族がいる部屋の几帳の後ろででいいから」と、冗談まじりに言った。
「良い宿所になればよろしいのですが」と言って使いの者を走らせて、部屋の用意に向かわせた。源氏はあまり大げさにしたくなかったので、左大臣にも挨拶せずに、親しいお供の者だけ連れて行った。
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「中神」は陰陽道で説く天一神の神様で60日間のうち、16日間は天上にいる神様。残りの44日間で地上の東西南北を徘徊(見回り)します。
神様が天上にいる時は、人間は好きに移動していいけど、残りの44日間は神様と同じ方向に行くと天罰が下ります。
この事を「方塞がり」と言われてて、どうしても行きたい場所が方塞がりだった場合、「方違へ」と言って、一旦違う方向に行って次の日に目的地に行く。
と言う超面倒くさい事をしてました。でもこれって浮気をするときの言い訳に便利だったらしい。
ここに出てくる若くて優れている女房の「中納言の君」と「中務」は左大臣家の女房。源氏付きの女房みたいで、愛人とは違い「召人」(めしうど)と呼ばれる人。文献を読んだり論文も読んだけどあまりしっくりとこない。
なのでここから私の勝手な推測。
この時代、髪を洗うのに良い日とか、髪をとかすのに良い日とか、それ以外に女子ならではの日とかがあったり、それに葵上と源氏のように夫婦仲がいまいちとかがあると、男性側の気持ちにすぐに答えられる、専門のお相手が必要だったのかな?って思う。平安時代の他の本を読んでも、男の人が一人で寝るは寂しい寂しいって書いてあるものが多いから、妻たちがお相手になれないの時の、身代わりみたいな人達なのかな?この召人たちはあくまでも女房なので、妻になったり、恋人や愛人にはなれない。ただどの女房よりも源氏の側にいられると言うことが幸せと思っているみたい。
一番長く源氏の召人はもっと後に出てくる「中将の君」と言われる人です。
ただ同一人物かどうかは不明。
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