抄訳・源氏物語〜帚木 その十二〜
例によってまた何日も御所にいた頃、源氏は自分に都合の良い方違えの日を待っていた。急な退出であるかのように振る舞って、途中で方向が悪いと気がついた事にして、紀伊守の家に行った。
紀伊守は源氏が来たことを驚いて、先日の遣水が気に入ったから、また来られたと思い喜んでいた。小君には昼に「こうしようと思っている」と伝えていた。小君をいつもそばに呼んでいるので、紀伊守邸でもすぐに呼んだ。
先に渡しておいた空蝉への手紙にも今日の事を書いておいた。
自分のためになんとかして会いにやってくる源氏のことを、女としては嬉しいことではあるが、そうかといって源氏の言うままに、気を許すわけにはいかなかった。『夢だったらよかったのに』と思うような先日の出来事を、また味わう事になるのは嫌だった。
小君が出ていってすぐに、「お客様の座敷から近いので気が引けてしまいます。気分も少しすぐれないので、こっそりと腰など叩いて欲しいので、少し離れた所に行きます」と言って、中将の君の部屋が渡殿にあるのでそこに移動した。
源氏は空蝉に会いに来るのが目的だったので、自分の家来たちを早々に休ませて、小君には空蝉の都合を聞きにいかせた。
小君は姉の場所が分からず探し回ってやっとの思いで見つけ出した。
「隠れるなんて、なぜこんな事をするのですか。私が源氏様に役立たずと思われるではありませんか」と、泣き出しそうになっている。
「なぜあなたがこんな事を頼まれるの。子供がこんな事を頼まれるのはいけない事なのですよ」と叱って
「私は気分が悪から、女房たちが側にいます。と伝えてきなさい。あなたがこんな所まで来たら、皆が怪しむでしょ」などと小君には言ったが、内心は
『人の妻ではなく、亡くなった親の面影が残っている邸にいたままだったら、たまに来る源氏様のことを喜んで迎えることができたのに。でももう今は、源氏様の気持ちに分からないふりをして、冷たい態度をとるしかない。源氏様に身の程知らずの女だと思われても仕方がない』と、自分で決めたことだったが、やはり気持ちは揺れ動いてしまう。『今はどうしようもない運命なのだから、冷たい女だと思われるしかないのだから』と心に強く思うのでした。
源氏は小君がどのような手筈を整えてくるのか心待ちにしていたが、でも頼みの綱が幼い小君なので不安にも思っていた。そこへ小君が戻ってきて上手くいかなかったことを伝えると、源氏は今まで女性にこんなに冷たくあしらわれた事がなかったので「もう自分が恥ずかしくてしかたがない」と、とても落ち込んでいた。しばらく何も言わないで考え込んで、そしてため息をついた。
〜帚木の心を知らで園原の 道にあやなく惑ひぬるかな〜
(近づけば消えるという帚木のような心のあなたとも知らずに、
園原の道に空しく迷い込んでしまいました)
「今夜のこの気持ちをどう言っていいか全く分からないよ」
と、小君に言って空蝉に伝えてくるようにと言った。
空蝉も源氏と同じく眠れない夜を過ごしていた。そして
〜数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに あるにもあらず消ゆる帚木〜
(取るに足りない情けない身の上の私は、
見えても触れられない帚木のようにあなたの前から姿を消すのです)
と、言う返事を小君に言った。
小君は源氏のことを気の毒に思っていたので、空蝉と源氏の間を行ったり来たりしていた。それを空蝉が女房達に変に思われるのではないかと心配していた。
いつものように家来達は酔ってすぐに寝ていた。源氏はなかなか眠れないで空蝉のことばかり考えている。普通の女とは違う意志の強さが腹ただしいが、でもそんな女だから余計に気になる。でも勘にも触る。もうどうでもいい、と思うとまたすぐに恋しくなる。
「どうかな、空蝉が隠れているところに私を連れていってくれないか」と小君に言うと「とてもむさ苦しいところに隠れていて、女房達もたくさんいます。そんなところに源氏様をお連れするなんて、畏れ多い事です」と小君は源氏が気の毒で仕方がないと思いながら言った。
「もういい、おまえだけでも私の側にいてておくれ」と言って側に寝かせた。
若くて美しい源氏の横に寝られることが子供ながら嬉しいと思っている様子の小君を、源氏は薄情な空蝉よりも可愛いと思っていた。
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方違えは浮気や女性の家に行くにはめっちゃ都合の良い事ですね。
わざと方違えになるのを内裏で待つなんて、源氏はそれだけ空蝉に対して必死だのですね。
小君と作戦を立てたのに空蝉の気持ちがダメでしたね。
受け入れたい気持ちと拒否しないといけない立場。
今だったらみんなどうするんだろ?
生活のために仕方なくした結婚後に超理想的な男性からの猛アタック。
年代で違うが出るかもね。流される派と拒む派と。
小君とのことは、BL決定ですね。側に寝かせて可愛く思うなんて。
でもそうは見ないで、お泊まり会をしたことにしておきましょう。
源氏の空蝉に送った歌に「帚木」が出てきたので、この帖がこの名前になりました。
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