ひとは、なにによってワインを買うのだろうか
Vol.044
国内ファッション・ブランドの展示会を訪れて、あらためて触発されたことがありました。今回は、そのときの回想をもとに、ファッションとワインの“雑談的考察”です。
そのニッポンのファッション・ブランドは、アウターを中心に展開し、国内はもとより、東アジアやヨーロッパにも販路をもつほど人気です。
主流のモデルは、伝説的なアーティストや思想家が愛用した服の再構築がベースにあります。デザイナーのNさんは、彼らがどんなアウターを着用していたのかを調べ、素材やディテールを探求し、いまの時代に馴染んだスタイルをつくり上げています。
展示会場で、新作のアウターを何点か選んで試着しているときでした。ふと、わたしが漏らしたひとことに、デザイナーNさんが反応しました。
「どのモデルも、デザインやシルエットがとてもいいですね。さらに、生地の感触が抜群に心地いい」
「ファッションは、やはり、生地や着たときの感触がまず大切です。モデルの成り立ちや、ディテールのつくり込みも重要ですが、それは服を買う人にとって後づけなんです」
デザイナーNさんの言葉は、ワインにも通じる価値判断が潜んでいる、と直感しました。服を着用したときの感覚をワインに照らしあわせるなら、ズバリ、味わいに置き換えられます。もう1点、Nさんがいうところのモデルの成り立ちは、ワイン造りの背景にあたります。
そこで、ワインを販売するとき、ワインを薦める基本的な流れを思い返しました。
「ワインの味わい」 → 「ワイン造りの背景」
それは当たり前じゃないか、と指摘されるかもしれません。しかし、ワインを売る側は、案外、この順番を間違いやすいのです。
というのも、ワインを販売する店・ひとは、そもそも売っているワインの味に自信があります。そのため、味わいの表現を飛び越して、ワイン造りの秘密やこぼれ話を語りがちです。自戒を込めていえば、ワインの売り手は、じっくりと間をおいて、お客さんがワインの味を堪能するひとときを奪ってはいけません。
では、「ワイン造りの背景」を語るとは、なにを意味しているのでしょうか。
ひとことでいえば、ワイン造りのドラマです。
ブドウ栽培から醸造まで、計り知れない“試行錯誤のナラティヴ”があります。そのナラティヴは、ワインを味わうひとの想像力を掻き立て、やがて、ワインの購入に近づける仕掛けになります。
ナラティヴを生産の側面から比較すると、ファッションとワインの共通点が浮かび上がります。
服の大量生産と同じように、いま、ワイン醸造の技術革新で大量生産も増え、低価格でもおいしいワインが造られるようになりました。
しかし、大量生産のワイン醸造は、語るに足る感動的なナラティヴは、ほとんどありません。ひとの労力よりも機械の力で、「ワイン造りの背景」を説明するのでは、ドラマは生まれにくい。「ワイン造りの背景」とは、造り手の魂がこもった、日々の仕事を言語化することなのです。
ひとは、なにによってワインを買うのだろうか。これからも、さらに思考を深めていきたい、と思います。
Instagram、noteのフォローもどうぞよろしくお願いいたします。
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。