イギリス戴冠式と君主制〜トップを選ぶのは神か人間か〜
こんばんは。Vinoです。
はじめましての方へ。
先ほど、イギリスのチャールズ国王の戴冠式を見ていました。
統率の取れた軍隊の行進、キリスト教的な数々の儀式を見ていて、権威とは古から続く一つの型なのだなぁと思いました。
イギリス王国のトップに君臨する国王は、神から祝福された存在で、権威も神から与えられているから力を持てるわけです。
昨年亡くなった女王エリザベス二世は、神から権威を与えられたから影響力があったというより、女王が治世において、国と民衆に貢献して来たから滲み出る人間力があったように思います。
一国の女王を企業の社長になぞらえるのは失礼かもしれませんが、女社長のような雰囲気も感じました。
イギリスという国のトップとして懸命に働いているのが伝わり、下からもトップとして承認される、相互承認のような関係性が成り立っていたような気もします。
ヨーロッパは絶対王政時代、王権神授説が唱えられていました。
人々の上に立つ権力者を選ぶとき、共和制であれば選挙が行われますが、君主制の国は、世襲制です。
大勢いる中からたった一人を選ぶ場合、選挙が行われなければ、神という存在を引っ張り出して来なければ、収拾がつかなくなるのは分かる気がします。
日本には皇室と天皇陛下がおりますが、やはり天皇も天照大神の子孫、言い換えれば神の子としての位置付けになります。
天皇陛下は国の安寧を願い数々の儀式を行われ、寝ずに行われる儀式もあると聞いたことがあります。
君主制を廃止すべきという話は、古今東西でよく議論に上がりますが、君主制を廃止し、共和制、民主制と移り、衆愚政治に陥る流れは、古代ギリシャにおいて既に起きていたのは有名な話です。
国民の総意によってトップを選ぶべきという考えは、みんな平等であるという思想のもとに起きていますが、みんな平等ではあっても、知識や経験、思想は千差万別です。
その状態にあって、選挙権だけ平等に与えられても、権力を正しく行使できるはずがないです。
国民の政治に対する関心度、知識レベル等が求められてきます。
そう考えると、日本の選挙率の低さは、平和で守られてる感があるからこその無関心といえそうです。
でも、やはり、利害関係なく国の利益、国民の平和を願い他国と外交を出来るのが、君主という存在なのかなぁと思います。
君主制と税金問題は、よく議論になりますが、文句を言うヒマないくらい自分の生活を豊かにしたいです。
取り止めのない話になりましたが、今日は、画面越しですが、歴史的な瞬間を見ることが出来て良かったです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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