死に対する臨場感
15年くらい前に、リストカットしてる人と知り合った
レイプされた経験から、自暴自棄になり、リストカットをするようになった。と。
周りの人はとても心配していたけど、
私はあーこの人は死なない。
と思いました。
私は薄情なのかな。と思ったけど。
痛みを自分に与えることで生きている実感を得ていると思ったから。
それは、生きることに対しての執着に思えたから。
自分の命を使って、それを毎回確かめてる。
間違えて死んでしまう人もいるんだろうし。
本当に死にたくてやる人もいるんだろうけど。
その人に対しては絶対に自殺はしないと言いきれた。
そして、15年くらい経った今も生きてる。いまはとても幸せそうで、何より。
で、何が言いたかったというと。
辛いことがあったとき、
感じるということがキツくて、全て感じるのをやめてしまう。
そんな時は痛みさえ、痛みこそ、生きる実感になってしまう。
つまり、死への臨場感がないのだ。
死への臨場感がないと、生きている実感もない。
いくら感じることをやめても、感じず生きることこそ辛いはずだから。
そんな自分が、いつも不安で、いつも居場所をさがすようになってしまう。
悲しみも、辛さも、人生のエッセンスくらいにして、長引かせては、いけないと、吉本ばななさんが、何かでかいていた。
「人は、自分の寿命を全うするまで、生きなければいけないの。」
これは、娘の言っていた言葉。
この言葉は、真理だと思う。
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