モンテカルロのプランタン・デ・ザール音楽祭 高級ヨット庫でサクソフォンとピアノのコンサート
3月10日から4月3日の4週間にわたってモンテカルロで開催されたプランタン・デ・ザール音楽祭 Printemps des Arts de Monte Carlo を、3月11日から13日まで現地取材した。12日土曜日の午後は、リヴァ・トンネル Tunnel Riva という場所で、サクソフォンとピアノのコンサートが行われた。
リヴァ・トンネルとは、高級ヨットのブランド「リヴァ Riva」が、冬の間ヨットを悪天候から守って保管する場所。港に面して入口を入るとまさにトンネルのように奥が深くなっており、その両側にヨットがずらりと並んでいる。ここで冬を過ごしたヨットは、シーズンになると海に出て行く。壁が石づくりの「トンネル」は、驚くほど響きがよく、コンサートにはもってこいだ。
叙情性豊かなプログラム
サクソフォンはこんにちではジャズと密接に関係しているが、クラシックの分野では、20世紀半ば以降のいわゆる「現代音楽」の時代区分の作曲家たちが、新しい境地を求めて多くの作品を書いている。しかしこの日のコンサートでは故意にそのような曲は選ばず、アドルフ・サックスがサクソフォンを考案・実用化した19世紀半ばから、20世紀半ばにかけて書かれた曲が中心。この楽器のオリジンとなるような、ロマン主義からそのまま受け継がれた叙情性ある曲を並べた。それはコンクールの課題曲としてサクソフォン奏者にはおなじみの曲でもある。
まずアルトサクソフォンでマルク・ヴォーブルゴアンの「6つの小品」、ウージェーヌ・ボッザの「アリア」、ポール・
ピエルネの「コンチェルティーノ」、アンドレ・カプレの「秋の印象」、ドビュッシーの「ラプソディ」を、そのあとソプラノサクソフォンでラヴェルの「ソナチネ」(クロード・ドラングルによるピアノ曲の編曲)と「ヴァイオリンソナタ」(コンパニョン自身による編曲)。クラシックでサクソフォンがどれだけ音楽家にインスピレーションを与えたかがよくわかるものばかりだ。
若き名手サンドロ・コンパニョン
サクソフォンの若き名手サンドロ・コンパニョン Sandro Compagnon は1996年ニース生まれ。幼少より才能を見せ、10歳の時にフランス、ガップのサクソフォンコンクールのジュニア部門(16歳以下)で第3位に入賞している。2017年には、ザイール・サクソフォンカルテット Quatuor Zahir のメンバーとして、第9回大阪室内楽コンクールで1位を受賞。ザイールカルテットではアルトを担当しているが、この日はソプラノとアルトの二つの楽器を演奏した。(下のビデオでは最も背の高いメンバーがコンパニョン)
コンパニョンは超絶技巧と言えるほど完璧なテクニックを駆使しながら、それぞれの曲にある風情や情緒、性格や雰囲気をまれな音楽性で的確に表現する。ポール・ピエルネ(ガブリエルとの関係は不明)の「コンチェルティーノ」は非常に技巧的な曲で、同時に耐久力も求められる難曲。コンパニョンは、曲の中のエピソードごとに、さまざまな音色とニュアンスで見事なコントラストを描き、目の覚めるような演奏を披露した。そのあとのカプレの「秋の印象」は、題名からも連想される通り絵画的な曲で、流れるようなメロディラインを幅広く演奏し、「コンチェルティーノ」とは全く違う側面を見せた。
クライマックスはソプラノサックスによるラヴェルの2曲。ソナチネでは高音部がまるでオーボエのように響くのは驚きだった。クロード・ドラングルの編曲は、ピアノの右手をサクソフォンに置き換えて旋律をたどるが、コンパニョンはその意図をよく汲んで、歌うように吹く。それはすばしっこく音符が動く終曲でも同じで、彼の歌のセンスがよく表れている。コンパニョン自身が編曲したヴァイオリンソナタは、作曲の素質が十分に発揮されている。「ブルース」と名付けられた第2楽章の原曲では、はじめのピアノの和音がバンジョーを模倣しているのだが、これをサクソフォンのアルペッジョに置き換えて面白い効果を生んでいる。第3楽章「無窮動」では、バグパイプ奏者などが音を途切らせないために使う循環呼吸を応用して、休みなく細かく動き回る音符を奏でていく。それは驚嘆以外のなにものでもない。ここでもそれぞれの音符に細かいアクセントを付けて表情を持たせ、その上で楽章全体を俯瞰した大きな流れを明快に感じさせる演奏は、名人芸と言えるだろう。
まだ25歳の若手であるが、信じられないほど熟練した音楽性とテクニックには感服させられる。覚えておいて良い名前だと思う。
ピアノのガスパール・ドアーヌ Gaspard Dehaene はコンパニョンをよくサポートしているが、音楽的にはコンパニョンほどインスパイアされていないと感じられる場所がところどころあった。
2022年3月12日15時 Tunnel Riva, Monte Carlo (Monaco)
Programme
Marc Vaubourgoin (1907-1983) Six petites pièces pour saxophone alto et piano : 1. Modéré sans traîner 2. Mouvement de valse 3. Vif et léger 4. – 5. Modéré expressif 6. Animé
Eugène Bozza (1905-1991) Aria pour saxophone alto et piano
Paul Pierné (1874-1952) Concertino pour saxophone alto et piano : 1. Allegro 2. Lento 3. Allegro
André Caplet (1878-1925) Impressions d’automne pour saxophone alto et piano
Claude Debussy (1862-1918) Rapsodie pour saxophone alto et piano
Maurice Ravel (1875-1937) Sonatine pour piano (arrangement de Claude Delangle pour saxophone soprano et piano) : 1. Modéré 2. Mouvement de menuet 3. Animé
Sonate pour violon et piano en sol majeur (arrangement de Sandro Compagnon pour saxophone soprano et piano) : 1. Allegretto 2. Blues. Moderato 3. Perpetuum mobile. Allegro
Sandro Compagnon saxophone, Gaspard Dehaene piano
Photos © Alice Blangero, Victoria Okada
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?