オルセー美術館のローザ・ボヌール展 その1
パリ、オルセー美術館で昨年10月中旬にオープンし、1月15日まで開催中の「ローザ・ボヌール Rosa Bonheur」展。
公開に先立ってプレス関係者に公開された内覧会に行けないまま年が明け、閉会まで1週間となった今日7日、やっと見ることができた。
2021年夏 ローザ・ボヌール城
2021年夏、女性作曲家の作品を集めたある音楽祭の一環で行われたコンサートのために、ビ城 Château de By、通称「ローザ・ボヌール城 Château de Rosa Bonheur」に出かけた。パリ、リヨン駅から郊外線で30分ほどのトムリー Thomery という駅で降り、そこから徒歩で15〜20分ほど。フォンテーヌブローの森に隣接した場所だ。次の記事で述べる『馬の市』をはじめとする成功によって得た資金で1859年にボヌールが購入したこの屋敷は、林を含む広大な敷地に建っている。彼女はここで多くの動物を飼い、生態などを観察しつつ、屋敷の中に構えていたアトリエで次々と絵を描いていった。
コンサート前に建物の見学のガイドを務めてくれたのは、この屋敷の現在の所有者である母娘の、娘さんの方だった。彼女らは、ボヌールの作品を宣揚するためにアソシエーションをつくって数年前から奮闘しており、見学後に個人的に話をした際に、「ボヌールの生誕200年の当たる来年秋、やっとオルセー美術館他で回顧展が開催されることが決定した」と語ってくれた。
ボヌールは、生前は動物画家として高い地位を獲得していたが、その後忘れ去られ、フランスではほとんど無名化していた。キュレーターを養成するルーヴル美術学校でも、カリキュラムにボヌールは全く出てこないという状況だったのだ。
彼女らがボヌール城を買い取って作品を整理する中で、未公開のものが大量にあることがわかり、回顧展の開催をはたらきかけたのだが、最初の頃は、どの美術館でも門前払いだったという。
今日の会場には人があふれ、見終えて美術館を後にする頃には、「入場者が多すぎるためもうこれ以上の入館は受けつけられません」とアナウンスしていたほどだ(ムンク展が同時開催されており、こちらも大盛況だった)。今日の人混みからは、つい1年半前のボヌール城での会話の想像はつかない。
写実主義?
ローザ・ボヌールの名前は子供の頃から知っていた。小学校の図工(今でも「図画工作」という教科はあるのだろうか?) だったか、中学の美術だったかの教科書に、彼女のある絵が掲載されていたからだ。
その絵はこれ。
教科書では写実主義の絵として紹介されていたように記憶している。確かに、印刷で見るとまるで写真のようで、美しい光の下で土地を耕す動物たちの描写の鮮明さに、見入ってしまったことを覚えている。
この絵の焦点はしかし、教科書の説明にあったような、単に光景を写実することではない。やがてここから麦が収穫されてパンになり人類に食物を与えるという、母なる大地を耕すという行為なのだ。そしてその中心となるのが牛たちだ。ボヌールは、そんな牛たちの目の表現を鋭く捉えている。その目と、口から垂れたよだれや、重そうに工具を引く様子から、この労働が動物たちにとっても過酷なものだったであろうことが窺える。同時に、本当に労働を行なっているのは人間ではなく牛たちである、というボヌールの主張と動物への愛情さえ見えてくるのだ。
ボヌールの動物画
それまでの動物画は、寓意として描かれたり、王家や貴族のシンボルとして描かれたり、エキゾチックな珍しい動物を描くことで富を示したりしていたが、ボヌールのアプローチはそれとは全く異なり、それぞれの動物の個性を描き出している。個性を超えて人格と言っても良いかもしれない。だから彼女の絵からは、動物の感情や心情が伝わってくる。
フランスが法律上の動物の定義をかえ、それまでの「モノ」扱いから、今後は感情を持った生き物として扱う、としたのが数年前。しかしボヌールはおよそ150年に、すでに個々の動物の性格を余すところなく表現した。彼女の視点は、現在、環境問題とも関連して、図らずも動物という存在に対して多くの問いを投げかけている。
次回は、展覧会の中から、これはと思う作品をいくつか紹介したい。
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