シャトレ劇場の年末年始公演『42番街』
パリ・シャトレ劇場で1月15日まで上演中の『42番街』が大好評だ。2016〜17年のシーズンに初演されたバージョンで、2020年の年末に再演される予定が、コロナ禍で延期になっていたもの。
47人の俳優兼ダンサーが、300着以上の衣装と200足以上の靴を次々と替えながら、休憩を挟んで約3時間のショーで歌い、踊る。
パリ版の演出は映画を踏襲し、オープニングでは緞帳を少しだけ上げて、タップダンスを踊るダンサーの足を見せる。これだけでわくわくする。
メインは何と言ってもダンスだが、ダンス部分とセリフ部分のバランスが大変よく、またストーリーも軽快なテンポでどんどんと進む。出演者と裏方の両方が最高のプロ意識に立って作り上げているのがよく伝わってくる舞台だった。その中でとくに印象深かったのは、見事なダンス、洗練されたアール・デコ調の舞台、舞台転換のスムーズさ、そして独特の歌唱テクニックだ。
見事なダンス
ダンスはもちろんタップダンス。主要人物も含めて、ショーの間中、ほとんどずっと踊っている。それは一晩で2、3キロくらいは痩せるのではないかと思うほど激しい動きで、皆すごいスタミナだ。ソロの踊りも素晴らしいが、何より一糸乱れぬ群舞が圧巻。意外だったのは、タップダンス以外の振り付けがほとんどクラシック・バレエを基調にしていること。体のポジションや動きはいうまでもなく、手足の表現も、まるでコッペリアやジゼルなどフランスのロマンチックバレエや、チャイコフスキーの三大パレエを見ているようだ。ストーリー設定は1930年代だが、そこから遡ること20年、ヨーロッパ(パリ)では1910年代からすでにディアギレフのバレエ・リュスなどがモダンバレエへの突破口を開き、空中に浮くような軽さ強調するのではない、足をしっかり地につけた振り付けがどんどんと創作されていた。だから、『42番街』のアール・デコのセットの前でクラシック・バレエのテクニックがそのまま取り入れられた踊りを見るのは、一種の違和感と驚きがあった。
アール・デコ調の舞台
1930年代の話ということで、ピーター・マッキントッシュによる衣装も舞台もアール・デコ。特に劇中での本番レヴューシーンは、パリの高級キャバレーのレヴューを想起させる要素がとても美しく、ヴィジュアル効果は抜群。また、ニューヨークの建物の非常階段をモチーフにしたと思われるメインの大道具は、シーンによって配置を変えてリハーサル会場になったり駅になったり集合住宅になったりと、アイデアに溢れている。
最後のシーンの摩天楼を表した背景も、デザイン性溢れる様式化の仕方がやはりアール・デコ調で、目を楽しませてくれる。
舞台転換のスムーズさ
舞台上で大道具の転換がスムーズに行われるのは、上質のショーをつくる上で欠かせない。しかしこれはかなり曲者で、ショーの流れを止めない、というより、それ自体が流れるような舞台転換に出会うことは稀だ。この『42番街』はその点、全てのシーンが連続的に繋がるように考えられており、全く見事という他ない。タイミングも然り、目の前で大道具が移動するのも然り。ダンサーや俳優たちもその合間を縫って動き、まるでパズルを組み込んでいくようだ。全体的に、川の水が絶え間なく流れるという比喩がピッタリするような舞台だった。
独特の歌唱テクニック
一番印象に残ったのが歌の発声かもしれない。『42番街』を観る数日前にリド2で『キャバレー』を観たが(レビューはこちら)、こちらはロンドンのウェストエンド系で、出演者はロンドンを中心にイギリスで学んだ人が大半を占め、歌唱法もオペラのそれに近い。また、『42番街』の後にオペラ・コミック劇場で観た『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』では、ヴァラエティとオペラの両方から歌手を招いてそれぞれの歌唱法を混在させていた。こうすることで聴く方にもスイッチが入り、混乱は起こらない。しかし、『42番街』の歌の発声は、普通オペラを聴いている耳にはかなりインパクトが強かった。要するに、胸声、地声をどう響かせるかを焦点にしているように感じたのだが、それはヴァラエティショーの歌唱ともかなり異なる。この独特の発声法は、私にとっては大きな体験だった。
オーケストラ
オーケストラについても少しだけ触れておこう。この『42番街』ために編成された「シャトレ・オーケストラ」は管楽器がメインで、弦楽器はベースのみ。普段のミュージカルのオケよりもかなり規模が大きい。ミュージシャンは主にフランス人だ。管楽器に強いフランスの音楽家たちによるスイング感溢れる演奏は、ダンスとともに素晴らしい出来栄えで、こちらも十分に堪能できる。
雑感
最後に、全体を通しての雑感を記しておこう。
踊りも歌も芝居も全てをこれだけのレベルでこなすために、彼らは日常的にどんな訓練をしているのだろうかと思いを馳せると同時に、そのプロフェッショナリズムに脱帽する。
振り付けが当時の様式とずれているように感じるのも、パリのキャバレーを想起させる舞台も、考えてみれば初期のミュージカルのスタイルを尊重しているのかもしれない、と思った。
19世紀と20世紀の転換期を始点として徐々に形成されてきたアメリカのミュージカルは、その過程で様々なスタイルや要素を取り入れて吸収し、練りながら独自のスタイルを見出してきた。その元を辿ればオッフェンバックのオペレッタやフランスのオペラ・コミック(セリフと歌が交互に出てくるオペラのジャンル)に行き着く。またフランスのオペラには伝統的に必ずバレエの見せ場が盛り込まれていた。そのバレエは言うまでもなくクラシック(ロマン派)バレエだ。そういうことを考えていくと、『42番街』にここまでクラシックバレエの要素が盛り込まれているのは、振り付けを担当したスティーヴン・ミアの意図かもしれない。
その一方で歌唱法が独自のものに進化しているのはどういう経緯なのだろうか。
さまざまに興味が尽きない舞台だった。
*****
« 42nd Street »
Théâtre du Châtelet バージョン初演 2016-2017
音楽 HARRY WARREN
リリック AL DUBIN
台本 MICHAEL STEWART, MARK BRAMBLE
Bradford Ropes の小説と映画 『42nd Street』(Turner Entertainment Co、配給 Warner Bros)による
スタッフ
オリジナル演出・振り付け GOWER CHAMPION
ブロードウェイオリジナル版 DAVID MERRICK
指揮 GARETH VALENTINE
演出、振り付け STEPHEN MEAR
舞台装置、衣装 PETER MCKINTOSH
照明 CHRIS DAVEY
アーティスティックコラボレーション(演出) STUART WINTER
アーティスティックコラボレーション(振り付け) JO MORRIS
レジデンス演出家・コレグラファー JOANNA GOODWIN
舞台装置コラボレーション BEN DAVIES
衣装コラボレーション ANGIE BURNS
出演
Julian Marsh Alex Hanson
Dorothy Brock Rachel Stanley
Peggy Sawyer Emily Langham
Billy Lawlor Jack North
Maggie Jones Annette McLaughlin
Bert Barry Cedric Neal
Ann Reilly (Annie) Jess Buckby
Andy Lee Daniel Crossley
Pat Denning Darren Bennett
Abner Dillon Duncan Smith
Phyllis Dale Lauren Hall
Lorraine Flemming Charlie Allen
Diane Lorimer Talia Duff
Ethel Gabby Antrobus
Oscar Liam Wrate
Mac, Doc, Thug Ian Mowat
アンサンブル :
Charlie Allen, Gabby Antrobus, Talia Duff, Daisy Boyles, Molly-May Gardiner, Joanna Goodwin, Lauren Hall, Jessica Keable, Edwige Larralde, Brontë MacMillan, Anna McGarahan, Emily Ann Potter, Sophie Pourret, Harriet Samuel-Gray, Alexandra Waite-Roberts, Libby Watts, Michael Anderson, Josh Andrews, Taylor Bradshaw, Ronan Burns,
Ben Culleton, Adam Denman, Ryan Gover, Alex Harrison, Noah Harrison, Thomas Inge, Michael Lin, George Lyons, Liam Marcellino, Tom Partridge, Cris Penfold, Liam Wrate
Concord Theatricals Ltd (Tams-Witmark LLC)とl’agence Drama の合意のもと上演。
劇中の歌の使用は、Warner Chappell Music と EMI Music Publishing Ltd., (版権所有者)との合意による。
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