オッフェンバックの『月世界旅行』をめぐって その1
娯楽性が高いオッフェンバックのオペラと上演の難しさ
ジュール・ヴェルヌの小説を題材にしたオッフェンバックの『月世界旅行 Le Voyage dans la Lune』は、初演当時、その大掛かりな舞台装置で大変な人気を博しました。その演出は、特撮を駆使した現在のハリウッド映画に匹敵する興行性・娯楽性があるもので、人々を驚かせたのです。
しかし、壮大かつ奇想天外な要素を舞台にかける難しさと、オッフェンバックは時代遅れという根強い認識がはびこっていたことから、20世紀半ば以降、ほとんどお蔵入りしていました。時々思い出したように上演されていましたが、この作品を実際に舞台で見た人は限られていました。
ちなみに検索すると、最近の上演記録として出てくるのは、YouTube上で1985年のジュネーヴ大劇場(スイス)のヴァージョンと、2014年のクレルモン・フェラン Clermont Ferrand(フランス中央部、ミネラルウォーターのヴォルヴィックのある地域圏の中心都市です)のオペラ劇場でのヴァージョンくらいです。
上はジュネーヴ、下はクレルモン・フェラン(抜粋)のヴァージョンです。
ちなみに「映画の父」の一人、ジョルジュ・メリエス Georges Méliès の『月世界旅行』(1902)は、このオペラにもインスピレーションを受けていることがよく指摘されています。
『月世界旅行』をめぐる状況の変化
その『月世界旅行』をめぐる状況が、最近ちょっと変わってきています。それは、忘れられたフランス音楽を積極的に取り上げて再評価する目的で創設された、ヴェネツィアに本拠を置く Palazetto Bru Zane* - Centre de musique romantique française の貢献によるところが多大です。
(*Bru Zane の発音については、イタリア風にするかフランス風にするかでいろいろと異なり、特定されていないようです。フランスではフランス風に「ブリュ・ザーヌ」という人が多いですが、「ブリュ・ザーネ」という人も結構います。イタリアでは「ブル・ザーネ」です)
同センターの協力で、2019年、アルファ・レーベルからベルギーのコロラトゥーラ・ソプラノ、ジョディ・ドヴォス Jodie Devos* が『オッフェンバック・コロラトゥール』というアルバムをリリースしました。
このアルバムの最後に、『月世界旅行』の、ファンタジア王女のアリア「Je suis nerveuse」が収録されています。このCDの成功によって、技巧を駆使したコロラトゥーラのレパートリーというオッフェンバックの意外な横顔が知られるようになり、同時に『月世界旅行』が再び注目されるきっかけとなりました。
(*ドヴォスはもともとバンドを組んでポピュラーやシャンソンを歌っていましたが、その後オペラに転向し、2014年にエリザベート王妃国際音楽コンクールの声楽部門で2位に入賞。同年パリのオペラ・コミック劇場のアカデミー生となって同劇場でいくつものオペラに出演して以来、すぐにヨーロッパ各地で引っ張りだことなったハイソプラノです。)
2020年から今年にかけて、フランスでは二つのヴァージョンが次々と上演され、作品が広く知られるようになりました。
次回はこれらをレヴューします。
トップ写真 2023年3月、南仏アヴィニョンでの上演から
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