人生予算案
たった数ヶ月の就活の末、みんな知ってるあの企業に入社が決まった『優秀な学生』が勝利宣言を声高々に。
今後の人生計画も、うまく立つようだ。よかったよかった。
これで彼の人生も、めでたしめでたしの昔話として、数百年後の子供たちの枕元で語り継がれることになるだろう。
しかし、何かがおかしい。
一言で言えば、『採算が合わない』
自分の中の経理部が、合わない収支計画に警鐘を鳴らし、予算案の決議に『待った』をかける。
そんなことお構いなしに前へ、上へ、ビジョナリーな未来にどんどんと進む背中に、負債を背負い込んで。
人生を進む。
ご利用は計画的に
22歳の彼は、この後65歳まで勤め上げ、最高年収は1,000万円程度、28歳頃に結婚し、子供を2人設けて、私立中学に進学させ、私立大学まで出すらしい。
おまけに、老後は世界一周旅行を妻と、両親の介護はプロに任せ、それでいて趣味のカメラと、『自己投資』という名の会合を今後40年続けていくようだ。
かわいい後輩に毎度飯を奢り、『友人』の誕生日には素敵なプレゼントを。
車もマイホームも、そんな全てを手に入れる人生が、22歳で確約されたらしい。
...誰に?
5W1Hが揃わずとも次の行動に移れる破天荒さも、長所としておくとして、この世で唯一嘘をつかない存在『Mr.Number』に計画を診てもらうとしよう。
マイホームで5,000万円。子供2人の教育費で3,000万円。介護ホーム、交際費、趣味、自己投資。流石に車だって、1台を30年乗るつもりではないだろう。だって彼は、『人生計画を立てている』のだから。
この試算を終えて、Mr.Numberは、何かおかしくなってしまったようだ。
『私の計算によれば、この方の毎月の生活費は、-10万円です』
マイナス10万円。そんなことがあるわけない。つまり、生きているだけで10万円がどこからか追加される計画を、彼は『人生計画』と呼んでいると言うのか?
私はMr.Numberを信じている。彼も人生計画も信じている。
目の前の矛盾に対して、私は一つの解を得た。
『そうか!毎月10万円、消費者金融から金を借りる計画なんだ!』
よかった。Mr.Numberも、彼も、何も間違ってなどいなかったのだ。
間違っていたのは、彼の収入計画を具体的に聞かなかった、私の方だと気付かされた。
決議、あとは、流れで
予定調和とも言える決議の場で、練りに練られた予算案を提出する。
勝利が確定しているのだから、これはただの消化試合である。
承認の時を待つ心は、未来への期待で満ち溢れている。
『本人生の予算案決議に移ります。収入は3億円。支出は4億円。よって、承認とします。』
安堵の表情が浮かぶ彼に、私もささやかながら拍手を送る。
1億円の補填など、彼の人生計画の障害になんてならない。だって彼は、頑張って働くのだから。だって彼は、やりたいことのために一生懸命なのだから。人生のどこかで何かが起きて、4億円ないと出来ないこの計画を、3億円でできる方法が見つかるのだから。
そうして、無事に承認された人生予算案を懐に、帰路に着く。
『20年前、お前が承認したんだろ!!!』『なんで最初から言ってくれなかったんだ!!』『こんなに頑張っているのにおかしい!!!』
そんな怒号の響く廊下を後に、愛する彼女の待つ1DKに帰る彼を、そっと見送るこの仕事を、私はあと何年続けようか。
夢や人生計画はない。ただ、現時点で不可能と算定出来る予算案も立案しない。
その平穏を、今日も噛み締める。
最後に
無謀なチャレンジを、人は応援する。
その先に夢を見出し、その夢に未来を見出す。
しかし、無謀な計画に、自分の資産を分け与えることはしない。
『エアーエンジェル投資家』たちは、今日も、自分の心から無限に湧き出る『応援の気持ち』を大口投資する。
『君ならやれる!』『諦めるな!』『俺がついてる!』
プライスレスな投資、リターンは、うまくいってもいかなくても『ありがとう』
でも、それが生きがいで、それが生きる意味なのだ。
自分と社会、自分と仕事、能力とタスク、努力と成果、それらの差を『やりがい』で埋めて収支を合わせる。
最も大事だと力説する『やりがい』を、どんな形にも、どんな量にも変えて、マイナスの補填に充てる。
揺るがぬ夢を、自由自在に加工して。
夢と現実のギャップを、譲れないポリシーを溶かして流し込んで。
そうして形作った『人生』を、昔の自分の描いた設計図とは違う今を、
『おもしろい人生』
と修飾語をつけて、人は大人になっていく。
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