犬と猫のがんに対する緩和療法とは
獣医療や食事内容の進歩に伴い、犬と猫の平均寿命は昔に比べてずいぶん伸びました。
そして、高齢化によって悪性腫瘍(がん)に罹患する動物たちが増えているのが現状です。
実際に診察をしていて、がんの動物を診ない日はありません。
がんの治療には大きく分けて根治治療と緩和治療があります。
がんの種類や発生場所・ステージ(進行度)・悪性度・動物の年齢や全身状態・飼い主様のご希望など、様々な要因によって治療が決定しますが、根治が難しく、緩和治療が適応となる動物も多くいます。
緩和治療と聞くと、もう諦めるしかなく、消極的な治療しかできないのだと感じてしまう飼い主様もたくさんいると思います。
ですが、緩和治療にも様々あり、
決して諦めの治療ではなく、がんと共存して生きていくための積極的な治療でもあるということを知っていただきたくて、今回の記事を書きました。
様々な緩和治療がある中で、今回は特に重要な痛みの管理・栄養管理にフォーカスを当てて書いていきます。
大事なペットにがんが見つかり、根治的な治療が難しいと絶望的な気持ちになってしまっている飼い主様に向け、緩和治療の選択肢をお伝えすることで、苦しみなくがんと共存できる生活を目指した緩和治療のモチベーションになれば幸いです。
そもそも緩和治療とは
WHOにおいて、緩和治療は以下のように定義されています。
『緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである』
わかりやすく簡潔に書き直すと、
『がん患者さんの苦痛を取りのぞき、患者さんとご家族にとって、自分らしい生活を送れるようにするためのケア』です。
緩和治療は単なる延命治療・終末期医療と違います。
緩和治療は、どうしようもなくなってから始める治療ではなく、
なるべく早い段階から実施され、動物に苦痛を感じさず、可能な限り普段の生活に近い状態で生活できるようにすることを目的に行われます。
実際、ヒトにおいて様々な腫瘍性疾患に対して早期から緩和治療を実施することで生存期間の延長が認められています。
実際の緩和治療とは
緩和治療には様々ありますが、最も重要なのが痛みの管理と栄養の管理です。
<痛みの管理>
動物が明らかに痛みを認めるであろう場合もあれば、痛みを感じているのかわからない場合も多々あります。
ですが、人間のがん患者さんでのデータを見ると、全てのがん患者さんの約53%で何らかの痛みを抱えているとされています。
刺すような痛みや、ジンジン響くような痛み・何となく違和感程度の痛みなど、痛みの種類は様々ですが、ヒトでのデータから考えると、
『がんが存在している=痛みを抱えている』と考えて治療を行うべきであると考えられます。
元気や食欲がない場合に、一概に『がん』だからと決めつけず、もしかしたら痛みを感じているのかも?と考えて、積極的な疼痛管理を行うことは重要であると考えられます。
痛みを管理する方法には主に以下のような選択肢が挙げられます。
①緩和外科
がんが存在することで痛みが存在する場合に、
それが根治的でない(体から全てのがん細胞を取り除くことができない)場合でも、がんを一部切除することで痛みから解放することが可能な場合があります。
②緩和的放射線治療
がんの中には、放射線治療に反応しやすく、一定期間腫瘍を小さくしたり、腫瘍による炎症を緩和することができるものがあります。
それらの効果により、痛みを緩和することも可能です。
がんの種類などにもよりますが、一般に、効果は数ヶ月程度持続することが多いです。
費用が比較的高額であること、全身麻酔が必要なこと、放射線治療が可能な施設が限られることなどがデメリットとして挙げられます。
③薬物療法
ほとんどのがんの動物で適応となる方法です。
がんの痛みを緩和するためのお薬にはいくつか種類があり、
人に比べて動物ではがんの発見が遅れ、進行したステージで発見されることも多いため、
初めから複数の薬を組み合わせて痛みを緩和する方法(マルチモーダル鎮痛)から開始されることが多いです。
様々な痛み止めの中で、よく利用される薬にフェンタニルという痛み止めがあります。
オピオイドと呼ばれる種類で、モルヒネなどと同様に麻薬性鎮痛薬とも呼ばれています。
鎮痛作用が非常に強く、何よりも使いやすい点として、パッチタイプのお薬があることです。
皮膚にパッチを貼ることで数日間痛みを緩和することが可能です。
痛みを抱えた動物に対し、経口的に薬を飲ませるストレスから解放してあげることができますし、入院や麻酔などの必要がありません。
その他にも錠剤で経口投与する薬や、猫では液体を口の粘膜につける薬なども鎮痛薬として利用出来ます。
その子に最も効果的で、なるべくストレスのない投与方法が可能なお薬をかかりつけの先生と相談して決めていきましょう。
<栄養管理>
栄養管理で重要なのは、
基礎疾患に基づく食事で、十分なカロリーを摂取することです。
(腎臓が悪いなら腎臓食、アトピーならアレルギー食など)
特定の栄養素とがんに関する研究は猫では存在せず、犬でも科学的根拠に乏しいのが現状です。
ですので、『がんだからこの食事を与える』ではなく、
『体の状態にあっている食事で十分なカロリーを摂取する』ことが重要となります。
基礎疾患がなければ、今まで好んで食べていた総合栄養食で問題ないですし、例えば腎疾患で腎臓病用療法食を食べていたのなら、わざわざ食事を変える必要はありません。
ですが、がんの動物では食欲不振になってしまっている子も多く、
さらにがんの動物では『がん性悪液質』と言って、代謝異常により食べても痩せてしまう状態になっているため、動物の食欲に任せているとどんどん痩せていってしまいます。
状態が悪くなれば、その他の治療の選択肢も減少してしまいます。
そのため、早期からの様々な方法での積極的な栄養管理が必要となります。
①痛みや脱水の管理などの支持療法
食欲が出ない原因が取り除ける物である場合には、積極的に取り除きます。
それだけで食欲が改善する症例もいます。
②食欲増進剤の使用
薬の作用で食欲を引き出す方法です。
代表的なお薬として、シプロヘプタジン・ミルタザピン・カプロモレリンなどが挙げられます。
「シプロヘプタジン」
主に猫で使用される飲み薬です。
以前は錠剤がありましたが、現在は液体製剤などが使用されています。
「ミルタザピン」
主にに猫で使用される飲み薬です。
主に錠剤を経口投与しますが、耳の内側に塗るタイプのお薬もあります。
耳に塗るタイプのお薬は経口投与のストレスがなく、使いやすいですが、
海外からの輸入薬なので、動物病院によっては取り扱いがない場合もあり、比較的高額な薬になります。
「カプロモレリン」
犬と猫で使用される飲み薬です。
元々は海外からの輸入薬として、犬のみで使用されていましたが、
日本で猫用の製品も発売されました。
液体の飲み薬です。
③チューブフィーディング
チューブフィーディングとは、体にチューブを設置し、そのチューブから液状の食事を入れる方法です。
食欲増進剤で食欲の改善を認めない場合や、顔周りの腫瘍によって、上手く食事ができない場合などに使用されます。
よく、チューブフィーディングのお話をすると、何だかかわいそうだと言われることがあります。
確かに、チューブを設置してまで頑張らせたくないというお考えも理解できますが、実際にチューブを設置して後悔するケースが少ないのも事実です。
メリットとして、薬をチューブから入れることができるため、投薬のストレスが減少します。
また、チューブを入れていても、自分の口で水を飲んだり、おやつを食べたりすることも可能です。
チューブフィーディングには主に
鼻-食道チューブ・食道チューブ・胃ろうチューブの3つの方法があります。
「鼻-食道チューブ」
鼻から細めのチューブを食道まで挿入した物です。
メリットは、設置が比較的簡単で、麻酔を必要としないことです。
デメリットには、嘔吐時にチューブが吐き出される可能性がある・鼻炎を生じるなどがあります。
チューブの寿命は1週間程度であることが多いため、短期間の栄養管理に用いられます。
「食道チューブ」
頚部からチューブを食道に通した物です。
メリットは、鼻-食道チューブに比べて寿命が長く、チューブも太いので入れることのできる処方食のバリエーションが増えることなどです。
デメリットは、嘔吐時にチューブが吐き出される可能性がある・設置に鎮静や全身麻酔が必要であることなどが挙げられます。
定期的に再挿入が必要となります。
「胃ろうチューブ」
腹壁から胃に直接チューブを設置した物です。
メリットは、チューブの寿命が非常に長いことや、チューブが太いためほとんどの処方食が利用できる点です。
デメリットは、全身麻酔が必要であることや、発生率は少ないですが、設置して10日前後までは腹膜炎等のリスクがあることです。
まとめ
今回は動物におけるがんの緩和治療について解説しました。
緩和治療=ただの延命治療・終末期医療ではなく、
早期から上手にがんと付き合っていくことで、QOLを維持し、結果的に生存期間が伸びると考えています。
特に痛みと栄養の管理は重要で、できるだけ早期から開始することで効果を発揮しやすくなります。
それぞれに複数の方法があるので、それぞれにあった方法をかかりつけの先生と相談して決めていきましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。