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フミオ劇場 17話 『娘を殴る理由あれこれ』
いちばん幼い頃の、父フミオに叩かれた記憶。断片的だが5才くらいのときのもの。
博打に行く行かないで、夫婦喧嘩が起きていた。暴れ倒したフミオが下駄箱の上のキーを乱暴に掴む。
それを睨みつけていた母が、ふと玄関脇の階段に座る娘、樹里に気づいた。
「こどものこともかんがえて」
父親が車に乗り込む直前
母親に言われた通りを
一字一句間違えず口にしたら
平手打ちが飛んできた。
幼い我が子なら聞く耳を持つかも。
母の美枝子はそう考えたのだろうが、フミオに限ってそんなことは断じてない。
これは、母の禁じ手による完全なる飛ばっちり。
小学校に入ると男子はみな毎日飽きもせず同じフレーズをヘビロテしていた。
「お前の母ちゃん、で〜べ〜そ」
いつどこで、その子の母ちゃんのヘソ見たんやお前はと不思議な話だが。それは置いといて。
ある日、悪口の別バージョンを耳にした。
「どこどこ(相手の名)家は♪オンボロ長屋」
正確には忘れたが、そんなフレーズだ。
キャッチーな音階とリズムが気に入ったので覚えて歌いながら帰宅。晩御飯のとき得意げに(自分の家の名を入れて)口ずさむと
視界がぐらついた。
「なんやとワレもっぺん言うてみい! この家のどこがオンボロ長屋じゃ!」
へ? パパ怒ってる?
なんで殴られたん私?
ほんで長屋てなにぃ?
小1にして悟った。
自分が意味分からない言葉はこの人の前で安易に使うべからずと。
小5のときは、珍しいもので殴られる。
フライパンだ。
母がそのころ自宅横で喫茶店をしていたので、買い物から夕飯作りまでをフミオと子供たちが担っていた。
その日、お茶用にヤカンを火にかけてリビングテレビ前で、麻丘めぐみの振り付けを覚えていると、入れ替わりに台所へ行ったフミオに大声で呼ばれる。
「のぉ彼はぁぁぁ左き〜き〜♪はーいなに?」
【ガンッ!】
「取っ手は立てとけって教えたやろ! 次に持つ人のこと考えろて!」
取手が熱くなっていてプチ火傷負った腹いせか知らないが
ヤカンの取っ手が横になっていたことと
フライパンで頭を殴ること
罪と罰の重さバランス、おかしくないか。
差し戻し審を仰ぎたい。
いや、その前に。
殴るにしても素手でええやん
なんでフライパン?
中1の夏休みは、フミオに蹴られ階段落ちした。リアル蒲田行進曲だ。
部活に行くと嘘をついてプール遊園地へ行ったら、その日不運にも母の妹家族が同じ場所に遊びに来た。
夏休みの混んだ園内で、見つかる確率は低いはずだが
飛び込み台最上段から、いちいちヒャアヒャア叫びながらオレンジ色の水着で飛び込んで(足から)いたアホは見つかるの必然。
夜、その話を母から聞いたフミオは激昂した。
「親を騙すようになりやがって!」
階段から荒ぶる足音が聞こえすぐさま
くノ一のように襖で仕切られた隣部屋へまわり込み
廊下を走って一階へ逃げようとしたら追いついたフミオに背中を蹴られた。そのまま階段を転げ落ちる。落ちながら、玄関に見えるサンダルの位置を確認し、回転レシーブの体勢でキャッチ。裸足で外へ飛び出した。若いときの反射神経で命は助かる。
この案件は、嘘をついた自分が悪い。
ただ、やはり問いたい。
階段の上から
娘の背中って
蹴れるものなの?
高校生になるとさすがに顔を殴ったりはしてこなくなったが
「何回かワシ、お前のこと本気で殺したろかなと思ったことあったわ」
背筋が冷たくなるような告白をされた。
そういえば、何度か本気顔を見たような気がせんでもない。
小学低学年か幼稚園年長組だったか。
近所のお姉さんが白無垢姿で実家を出る。お嫁入り行列が少し先のお迎えの車へと向かっていた。
道の反対側で、ステテコ姿のまま洗車していたフミオにも花嫁ご一行様が会釈をよこす。
「ああ今日ですかぁ、おめでとうございます」
フミオが応じた、その瞬間
背後から近づいていた私はフミオのステテコ=パンツを一気に下げた。(なぜそんなことをしたのか、理由は思い出せないが)
本日お嫁入りのお嬢さんの目前で手品みたいにフミオの下半身が露わになった。
鬼の形相のフミオが振り向いた。家中を逃げ回り、最後はお爺ちゃんの背中に逃げ込み事なきを得たが、あれは本気顔だったナ。
パッソルのアクセルを限界まで回し、ヘアピンカーブに挑んでいた16才。近所でたまたまフミオの車を見かけた。
軽い気持ちで車の前に割り込みわざとジグザグ運転をした。
すると追突するかのようにバンパーを近づけて煽ってくる。
ノークラクションだけに不気味、ヤバい、逃げなければ。細い筋へハンドルを切った。
時間をずらして家に帰ると
「お前も、バイク乗ってんやったら気いつけろよ。さっきな腹立つ女がおってな。舐めた走り方するから跳ねたろかと思たわ」
早めに逃げて良かった。
殴られた話ではないが。小2くらいの時、隣の席の乱暴な男子に突き飛ばされ、椅子ごと仰向けに倒れたことがある。
夜、半泣きで話すとフミオに怒鳴られる。
「泣くな! なんですぐやり返せへんかったんじゃ! 今ごろ泣いてもあかんのじゃ。その場でやり返せへんかったらお前はずっとやられるぞ!」
そして戦法を叩き込まれる。
「明日そいつが座ったらこっち向かせろ。お前は背低いから立って両手で肩を押せ。思い切りやぞ。一発で倒せ。これは昨日の仕返しやと、ちゃんと言え、わかったか?」
言われた通りやり返すと男子は二度としてこなくなった。
自分の子が小学生になったとき、思い出して同じことを教えた。時代は違えどそこに大きな違いは無い。嫌なことをされたら、その場で嫌だと意思表示するのが大事だと。
フミオに教えられたことは、通常生きていく上で必要ないこと(男が喧嘩行く時は止めるな、女のタバコの吸い方など)ばかりだったが、この教えだけは役立った。
つづく