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フミオ劇場 1話『ワシの誕生日は3つくらいあるんや』

「ワシの誕生日は三つくらいあるんや」

フミオはそう言うと、マッチでショートホープに火をつけた。

「役所へ届けたのも学校に出す書類も毎回ちごうとった。だいたいそのへんやろって。まあ昔はみんなそんなもんちゃうか」

まるで他人事のような口ぶりだ。周囲が「大変ですね」「かわいそうに」「えらいことなりましたな」と言う時ほど「世の中そんなもんじゃ」と、軽く流す。逆に他人にとってはどうでもいいことが、フミオには黙ってられないことが多かった。

誕生日は2月中旬から下旬の間よく登場する日が三つくらいあるから、どれかが正解らしい。

とにかく1938年のそのあたり。変わった男が大阪堺市に生まれ落ちたわけだ。

フミオの父である雄吉は苦労して財を築いたが50代半ばで病に倒れ、あっという間にこの世を去った。

「親父が迎えられへんかったのに……ワシは還暦を迎えてしもた。オヤジくぅぅ、う、う、うぉぉぉぉ」 

自分の還暦祝いの席でフミオは顔を覆って泣いた。

「いまさら殊勝に泣いてもあかん!」

泣く息子には目をくれず、真っ直ぐ前を見たまま、フミオの母である孝江は、キセルを灰皿に振り下ろした。

鋭く乾いた音が祝いの席に響き渡る。孝江の両隣に座るフミオの兄妹がその音に一瞬ヒヤッとし、近くの割れ物をそっと横へずらした。

フミオは、大学時代から博打に狂った。所帯を持っても子供が生まれても放蕩し、両親に迷惑をかけ続けた。そんなフミオを辛抱強く支えたのが、父の雄吉だったのだ。

母の孝江は、短気で激しい気性の持ち主。遺伝子は、4人の子供たちに分配されず、フミオに集約された。よって二人が顔を合わせると、十中八九、大きな衝突が起きる。

兄妹たちは、何事もなく宴が終わることだけを祈った。フミオの妹信子は、盆を片づけるよう店の人間に目配せをした。孝江はそれを機に席を立ち、さっさと座敷から出て行った。



フミオはいま現在84才。

短く刈り上げた頭には両サイドに深い剃り込みカーブが入ってる。自然剃り込みだ。若い頃は毛量が多く、おまけに激しい天然パーマだったので、いつも、えらく嵩張った自然リーゼントがうまれていた。

激しい天パは、激しい寝癖を招く。

その驚くべき形状は現在なら間違いなく【#爆発頭】と、あちこちでツイートされてるだろう。

身体は中肉中背。少し猫背だが、当時の男としては背が高い。体重は20代から70代まで、ほとんど変わらず、同じ服をずっと着る。

グレンチェックのブレザーやヘリンボーンのコートを爺さんになってからも着ていたら、流行が何周かした。アパレルの店員に「カッコいいすね。それどこのですか?」と聞かれたが「どこのですかて、どこのでもあれへん、ワシのじゃ!」と答えた。

眉毛は無い。剃ってるのでは無く生えてこないのだ。まばらに配置されている薄い点描が、おそらく眉と考えられる。その下に小さくて細い一重瞼の目がある。

性格は典型的な感情激昂型。喜怒哀楽が乱高下する。ふだん散らばっている点描眉が、三角に集合し始めると、その数秒後、フミオの怒りは沸点に達する。この前兆を見逃すと、目の前にいる人間は殴られる。タイミング悪く通りかかった犬や猫でさへ被害にあう。

フミオには二人の子がいるが、長女の樹里は点描サインを見逃さずに高い率で、フミオの目の前から消えることが出来た。問題は弟の和彦だ。いつまでたっても点描眉の動きを感知出来ず、ほぼ100%の確率で殴られた。

パンチが出なくてもキックがはいる。パンチもキックも無い時じつはそれが1番危ない。<たまたま掴んだモノ>が凶器となるからだ。樹里はフライパン、和彦は掃除機や皿という凶器に見舞われたことがある。

この姉弟が無事に生きているのは、まあまあの奇跡だと言える。


相手との距離がある場合、手にした凶器は投げつけられる。激しい気性の母孝江との親子衝突に至っては両者が〈手にしたモノ投げ突け体質〉だから家じゅうのモノが飛ぶ。

追々物語に出てくるが、中には信じ難いモノまでが宙を舞う。


フミオの鼻筋は通っていてここだけまともだ。

「サングラスかけたらな、ジェームズ・ディーンみたいって、よぉ言われたんや」 

唯一の自慢話なのだが、どう見てもアジア地区のチンピラにしか見えない。


唇はひたすら薄い。顔占いで言うところの、他人に対して非常に冷たい相である。血色悪いのかプールにも入ってないのにいつも紫がかっていた。

こっちが身構えていると、やけに情の深いところを垣間見せ、油断していると秒で噴火レベルに達する。   

それがこの物語の主人公フミオである。

                 つづく

🟣🟣🟣

この物語は、呆れるほど喧嘩っ早く、目を疑うほど自由気儘な、フミオという男とその家族の物語です。


「こんなオッサンいたいた!」
「こんなオッサン、ほんとにいたの?」懐かしくなったり笑ってもらえたら嬉しいです。

ほとんどが私の父の話でノンフィクションですが、ちょいちょい、物語が面白くなればと演出・創作はいれてます。

 2022年の今の時代にそぐわない行動や発言、表現などが出てきますが、当時はよくあった(?)ことかもねとご理解の程よろしくお願いします。                    

         2022年6月10日🟣🟣🟣

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