
「僕」とか「私」とか―主人公が男か女かで印象だいぶ違う問題
あけましておめでとうございます。新年なので、肩の力をぬいてアホみたいなタイトルで記事を書いていきます。中身も与太話です。また、記事の都合上異性愛を前提としています。ご了承ください。
〇「僕」と「君」
僕はあいみょんが好きでちょくちょく聞いています。彼女の曲には「僕」がしばしば登場するのですが、「僕」を男だととるか女だととるかで、けっこう歌の印象変わるよなーなんて、曲を聞きながらぼんやり思いました。
「僕」だから男やん、と言われたらそうなのですが、「オレ」に比べると女性的な一人称な気がします。それに、ONE OK ROCKの曲に出てくる「僕」とあいみょんに出てくる「僕」だったら、あいみょんの方は女の子でもおかしくないな、と思いませんか。歌い手の性別に引きずられてるだけですけど……。
たとえば「君はロックを聴かない」とかかなり好きなんですが、この「僕」が男子か女子かはわりと大きな違いのような気がします。
君はロックなんか聴かないと思いながら
少しでも僕に近づいてほしくて
ロックなんか聴かないと思うけれども
僕はこんな歌で あんな歌で
恋をのりこえてきた
曲を聞いたことがない人でも、このサビの歌詞を見ればどんな歌かだいたい想像がつくでしょう。ちなみに歌詞に「青春の音」という言葉があるので、彼ら/彼女らはだいたい中学生か高校生くらいでしょう。
さて、問題の「僕」ですが、僕ははじめ女の子だと思って聞いてました。
音楽聞きながらnote書いたり作業したりすることが多いので、歌詞をそんなに意識してません。それで、一人称が「僕」でも女性が歌ってたら主人公像も女性の方に引っ張られちゃうんです。
※本来「僕」と「君」の性別を気にする必要がない曲ですが、これからの話のために「僕」が男の子なら「君」は女の子、「僕」が女の子なら「君」は男の子だとさせてください。
「僕」が男、つまり「君」が女の場合、頭の中であんまり「君」のイメージが限定されないような感じがします。完全な偏見ですが、高校のころの同級生を思い出しても、「ロックを聞いてなさそうな女の子」はたくさんいたような気がします。実際には聞いてたかもしれないですけど。
ところが、「ロックを聞いてなさそうな男の子」だとわりとイメージが限定されてくるような感じがします。たとえば菅田将暉はロック聞いてそうですけど、出川哲朗はロック聞いてなさそう。ミルクボーイだと駒場孝はロック聞いてそうだけど、内海祟はロック聞いてなさそう、みたいな(物の名前を思い出せないオカンがいる方が駒場さんです)。
どうでしょう、けっこう印象違いませんか。
いきものがかりの「花は桜 君は美し」とかも、僕ははじめ「僕」が女の子だと思って聞いてました(いきものがかりは女性ボーカルなので)。最初の2、3回だけですけど。
花は桜 君は美し 春の木漏れ日 君の微笑み
冬が終わり 雪が解けて 君の心に 春が舞い込む
これとかは「君」が「桜」に重ねられていて、一般的に女性を花に喩える歌は多いので、あまり「君」が男性であるとは感じにくいかもしれませんね。だからこそ、「僕」―女性、「君」―男性だと思って聞くと、だいぶ印象が変りませんか。
男性歌手のパターンとして、米津玄師の「海の幽霊」とかどうでしょう。この歌に出てくるのは「あなた」だけで、その性別を示すような言葉出てきません。その「あなた」を思慕する主人公の性別もわかりません。
星が降る夜に あなたに会えた
あの夜を忘れはしない
大切なことは言葉にならない
夏の日に起きたすべて
思いがけず光るのは 海の幽霊
米津さんが男性ですから、多くの人が「あなた」を女性だと思って聞くのではないでしょうか。ところが先ほどの「僕」とちがって、「あなた」は男性である可能性と女性である可能性がほぼイコールです。でも、この「あなた」が男性だとするとなんだか歌のイメージが変わりますよね。
ちなみに、この曲の歌詞は分かりそうで分からないあたりがなかなか面白いです。曲調か受ける印象や「離れ離れでもときめくもの」とかの歌詞を考えると、「あなた」はもう死んでしまっているように思えるんですけど、その場合「海の幽霊」は「あなた」なのか。それとも「ぼくのなつやすみ」的な感じで、ひと夏の交流のあと「あなた」は去って行ったのだろうか。「あなたがどこかで笑う 声が聞こえる/熱い頬の手触り/ねじれた道を進んだら その瞼がひらく」あたりの「ねじれた道を進んだら」ってやっぱり冥途の道なんじゃないか、とかいろんな読みどころがあります。Jポップの歌詞には考えてもしゃーないみたいなやつもありますけど、「海の幽霊」はけっこう考え甲斐がありそうです。
〇「汚れちまつた悲しみに……」
では、文学作品ではどうでしょう。
僕は中原中也の詩をよく読みます。その中也の代表作のひとつに「汚れつちまつた悲しみに……」という詩があります。そんなに長くないので、全文引用しましょう。
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる……
わずか16行の詩の中で、「汚れつちまつた悲しみ」が8回も繰り返されます。この「悲しみ」がどんなものなのか解明しようとした人もいたのですが、いかんせん詩に情報がないので、確定することはできませんでした。僕自身も、この「汚れつちまつた悲しみ」はまさに「汚れつちまつた悲しみ」であって、それ以上説明ができないものであると考えています。
では、この詩の主人公、「汚れつちまつた悲しみ」を抱いている人は男でしょうか、女でしょうか。
過去の分析者には、あまり疑いなく主人公の性別を男だと同定している人もちらほらいるのですが、ご覧の通り詩の中には「僕」も「オレ」も「あたし」も出てきません。それでも初読の際主人公が男だとイメージするのだとすれば、それは作者・中原中也が男だからです。「海の幽霊」と同じですね。
でも、詩の主人公が女だとすれば、「汚れつちまつた悲しみ」の意味合いはちょっと変わってきそうです。女性に「汚れ」を使う場合、それはしばしば処女喪失のイメージを伴うからです(もちろんこのイメージには、批判的に検討されるべきものですが)。
そして詩の主人公が女性であるという読みを妨げるものはどこにもありません。それどころか、「雪」の純白さが処女性を意識させ、それと「汚れ」との対比によって詩が形成されているようにも見えます。「きつねのかわごろも」についても、布団あるいは相手の肉体の温かみのようにも解釈できます。
ところが僕の知る限り、この詩の主人公が女性であると解釈した人は誰もいません。僕も4年くらいは男だと読んで疑ってませんでした。僕たちは、知らず知らずのうちに作者の性別にひっぱられて主人公の性別を決めてしまっています。
〇「檸檬」「城の崎にて」
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧おさえつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。
これは、梶井基次郎「檸檬」の冒頭です。国語の教科書に載っているので、読んだことがある人も多いのではないでしょうか。見ての通り、本作の主人公は「私」です。
この小説も、実は作中で「私」の性別を確定させるような表現はありません(たぶん)。でも僕たちは「私」を男だと思って読んでいます。梶井基次郎が男だから。
でも「檸檬」の主人公が女性だと思って読むと、例えば最後丸善の本棚に檸檬を置いてみるところなんかは、尾崎翠の小説の主人公みたいです。がらっと印象が変わります。
※どうでもいい話ですが、米津玄師の「lemon」も登場人物は「わたし」と「あなた」でそれぞれ性別不詳です。
山の手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした、其後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんな事はあるまいと医者に言われた。二三年で出なければ後は心配はいらない、兎に角要心は肝心だからといわれて、それで来た。三週間以上――我慢出来たら五週間位居たいものだと考えて来た。
こちらは志賀直哉「城の崎にて」の冒頭。この小説も「私」が主人公です。そして、本作にも明確に「私」が男であることを示す文章はありません(たぶん)。
日本には「私小説」と呼ばれる、「私」を主人公にした小説の伝統があります。こうした小説は単に「私」が主人公というだけでなく、その「私」が作者と重なる人物であることが特徴です。そのせいでしょうか、「私」って本当に作者そのままなのか?と疑われるケースはよく見ますが、「私」の性別を疑うような論はあまり見かけません。
まあもちろん、なんでもかんでも疑えばいいというものでもなく、その疑問が生産的でないと意味がないので、「檸檬」や「城の崎にて」の「私」はやはり男性だととるのが穏当だとは思いますが。でも主人公の性別のことまで考えてみると、読み方の自由度は広がりますよね。
この記事を書いている「僕」も、「僕」と名乗っている女性かもしれません。
いいなと思ったら応援しよう!
