ツインレイ?の記録37
七月七日
この日は、学生たちが家に遊びに来たので、大量の肉じゃがを作った。
でも学生も大量に料理を作り、持参してくる子もいたので、とにかく食材が余った。
私は三日後に帰国予定。
夏休みで一か月以上家を空けるので、食べ物は残していけない。
だから、ダメ元でその夜彼に連絡をした。
「突然ですが、明日か明後日ごはん食べに来ませんか?もう帰国なので食材残しておけないのに野菜も少しあって消費しきれません。ご都合いかがでしょうか」
七月八日
朝すぐ彼から返信があった。
「おはようございます。お気遣いありがとうございます。明日の授業の可否を聞いてみます」
彼はそう言うが、彼の家庭教師の学生はとっくに帰省している。
私は学生は五日に試験が終わった後すぐ帰省すると伝えていた。
だからその前にレッスンができれば会えるのにと思っていたが、彼は忙しいのか学生にも連絡がいかなかった。
このメッセージの直後学生にもすぐ連絡がいったようだが、私が彼に学生がもう帰省していることは伝えていた。
そして、私のメッセージにはすぐに返事をしないくせに、彼は学生には
「帰省するのですね。寂しくなります。実家はどこですか?」
などとメッセージを送っている。
これには学生も困惑。
それほど親しくもないのに、突然寂しくなるだとか、実家のことを聞かれてもといった感じだ。
彼はそれほど親しくもない相手ならば、簡単にこういうことが言える。
返信も早い。
だけど私に対しては絶対にこんな言葉をかけないし、質問も今はしてこないし、何ならまったく興味がないといった態度で返信さえもしてこない。
まあ、私への返信はしづらいのだろう。
食材が余るから食べに来てと言っていることに対して「お気遣いありがとうございます」と「明日レッスンできるか聞いてみます」だったので
「やはり家庭教師レッスンがないと来たくないのでしょうか」
と直球で返してしまった。
まあ、彼の中で、理由がないなら私に会わない、もう私の部屋で二人きりにはならないと決めているとは思ったので、じゃあ、理由を作ろうと思い、
「(私が行きたい国の大学の)面接のことも相談したかったのですが……」
と書いてみた。
今回また面接に進めるかどうかもわからないのに。
だけど、それでも一人では私の部屋には来ないだろう。
そう思ってその後に
「無理言ってすみませんでした……」
と書いてまた自己完結してしまった。
七月九日
帰国のため去る前日。
一か月以上は彼に会えない。
そんなことは彼と出会ってから初めてになる。
そして来年にはそう簡単には会えない人になってしまう。
今できることをやらないことが一番の後悔になる。
私はもう一度だけ彼にメッセージを送った。
「おつかれさまです。明日いよいよ帰国です。
いつ帰ってくるかはまだ決まってません。長いこといなくなります。
その前にぜひお会いしてお礼などをお伝えしたいのですがダメですか?」
きっと返事はこないと思った。
だけど予想に反して夕方彼から返事がきた。
「業務が立て込んでいて返事が遅くなりました。明日から帰国されるのですね。せっかくなので、本日は晩御飯を下記のお店でいかがでしょうか。もしよろしければ18時で検討ください」
そして彼が送ってきたお店のアドレスは、前に私が帰国前に連れて行ってほしいとお願いしていたお店だった。彼は約束を果たす気なのだろう。
だけど、私はこれに対して
「ありがとうございます。あの、食材があまりそうで困ってるんですが、せめてもらってはくれないでしょうか。問題はそこなんです。来てもらえないならせめてもらってください。お願いします。なんなら部下の人にあげてもいいです……」
彼の返事は
「そういうことなら帰国後に予定変更してもいいです」
というものだった。
仕事が忙しく会食続きだから差し入れは不要ということだけど、私が会いたい目的が食材の処理でそのためにどうしても家に来てほしいというような書き方をしているのでその返事なのだろう。
せっかく食事に誘ってくれたのにここで会えるチャンスを逃したくない。
「大丈夫です! 容器に入れて列車持ち込んで自分で食べますから! また今度なんて私にはないです。飛行機落ちたらもう会えないんで、挨拶してから飛びたいです!」
「だからご都合悪くないです!」
必死さ丸出しの頭の悪い文章だった。
それに対して彼はいつもの業務連絡なメッセージ。
「承知しました。これから退勤なので、18時でよろしくお願いします」
こうして私は思いもよらず彼に会えることになった。
彼はいつも私の予想を裏切る行動をする。
この日、会えるとも思っていなかったので私は髪も洗ってないし化粧もろくにしていなかったが、あと1時間という時間だったので、もうとにかく急いで家を飛び出した。
そして約束の15分前に私は先に指定のお店に到着した。
「到着しました!」
彼からの返事はない。
私は外の席に座って彼を待ち続けた。
まもなく彼が来た。
相変わらずの無表情で、感情が何も読み取れない。
私はわかりやすいので、彼を見て満面の笑みで「こんにちは!」と言った。
彼はスルー。
私たちはどちらも少食なので、たくさんは食べれない。
だけど私はお酒が好きなので、梅酒を飲んでいいかと聞いた。
この日は珍しく彼も一杯だけつきあってくれた。
一応日本料理風?の店で、梅酒もCHOYAの梅酒だったので、私は店員に氷入れて飲みたいと言ったが、なぜかとっくりとおちょこが来て二人で笑った。
そして後から氷のピッチャーが来て「こんな小さい杯にどうやって氷入れるの?」と店員に言われて、また二人で笑った。
前に二人きりでご飯を食べた時は、私が彼を意識しまくっていた時で、自然に振舞えず、会話も途絶えがちで、あまり話が盛り上がらなかったけれど、この日は私も良く話したけれど、彼は私以上に話してくれて、まるで初めてマックで二人で話していた時のように楽しかった。
彼の実家のご両親のこと、奥さんの仕事のこと、お子さんたちのこと、最近彼が救急車で運ばれた時のこと、色んな話を聞いた。
私は彼と話していると、自分が今後やりたい方向性がどんどん明確になってくる。
会話の端々にヒントがあるのだ。
私が行きたい国のことを調べていた時もそう、お子さんの話を聞いている時もそう、私はなぜかいてもたってもいられない気持ちになって、本当に漠然としているのだけど、自分はこういうことをやりたいということを彼に思いつくまま話していた。
彼は、今一番たいへんな仕事は先生だと思うと言った。
私は海外だから先生ができるけれど日本ではそんなに自由な言動はゆるされないと。
そして私に具体的な例を出す。
私はその場合私ならこう言うといった発言をする。
すると彼は「はい、ダメですね」と却下。
先生が何を言ったかはすぐ子どもを通して親の耳に入り先生は説明を求められる。
「じゃ、これは?」と彼に言うけど、その度却下。
彼はほかの人には紳士的で穏やかな口調だけれど、私にはどこか意地悪で、しかも私が言葉につまって悔しそうな顔をすると、どこか嬉しそうに笑う。こういう時の彼は、ひどく少年っぽいと思うし、本来の彼はもしかして、こんな感じなのかなと思う。
メッセージはまるで業務連絡で堅苦しいけれど、実際会って話す彼は、もっと柔軟で、話し方も軽妙、早口で反応の速い私ともテンポが合うし、会話していてとても楽しい。
本当は最初の頃チャットだってそうだった。
同じタイミングで、同じ文量で、同じ熱量で毎日毎日チャットした。
だけどある時から、彼がわざと返事を遅らせてくるようになった。
なぜわざととわかるかというと、学生に対しての返事は早いのと、私が機嫌を損ねた時などはものすごく対応が早いからだ。
退勤後でも仕事の連絡はかまわずくるし、彼は常に携帯を気にしている。
ただ、この時は、彼は一度も携帯も時計も見なかった。
前回私が「時計ばかり気にして嫌だった」と伝えたからかもしれない。
いつもなら二時間きっちりで「帰りましょう」という彼が、二時間半も一緒にいた。
ほとんど食べずに私たちはずっとおしゃべりをしていた。
自分たちが子どもの頃と今の子どもを取り巻く世界はまったくちがうし、日本の社会もコンプライアンスが厳しくてどんどん変わっていくけれど、それでも今のルールに従って社会で生きていくしかないと彼は言う。
「そうですね。あなたはきっと大きな失敗や間違いもなく、これまでも生きて、そしてこれからも死んでいくんでしょうね」
私はそんなふうにいった。
彼は常に失敗のリスクを避けるため、用意周到、準備万端、石橋を叩いて叩いて渡る人だ。
私は石橋を叩かず渡り、何度もドボンと川に落ちて、そしてそんなこともケロッと忘れて、また同じことを繰り返す。本当に私と彼は正反対だ。
だけどそんな彼が言う。
「失敗だってたくさんしましたよ。その経験があるから石橋を叩くようになるんじゃないですか?」
「私は失敗しても、叩かないんですよね」
きっと彼の奥さんは、彼と似たタイプに違いない。それは、奥さんの職業を聞いた時に思った。しっかりしていないとできないたいへんな仕事だ。
きっと尋ねればどんどん彼は奥さんの話をするんだろう。
でも私は聞きたくないのでそれ以上は聞かなかった。
別れ際、私は彼に「しばらく会えないから握手してください」と言った。
彼は少し戸惑ったが、
「飛行機落ちたり何かあったらもう会えない!」と私が言うと、
「いつ死ぬかわからないのは私も同じですよ」と笑い、
そっと手を出してくれた。
その手を掴んで、「あっ、指がとれなくなった」とおどけ言うと、彼はバッと手を離した。
「え、振り払われた。ひどいですね」
そう言って、もう一度手を掴んだけれど、やっぱり彼は振り払う。
最後、タクシーを呼ぶ時、私が以前路上に置き去りにされたことが嫌だったと伝えたこともあり、彼はなかなか自分のタクシーを先に呼ぼうとはしなかった。
「あの時、私に言われたこと根に持ってるんですね」と私が言うと、
「そりゃそうですよ」と彼は苦笑い。
そして、私のタクシーが来た。
タクシーに乗りかけた私は最後にもう一度道に佇む彼のそばまで戻り、握手を求めたけれど、彼は右手をポケットに入れたまま、左手に持つ携帯を見るようにして目を伏せる。
私はその手をつかんで言った。
「大好きです!」
彼は顔も上げず、何も言わない。
そして私は帰った後も、もう一度「大好きです」とメッセージを送った。
別に気持ちに応えてとは思わない。
でも、今自分が感じている想いは言葉にしたかった。
身近な人の死に多く触れてきた私は常に今この時しかないと思って生きている。
大事な人には大事だと、好きな人には好きだと伝えたい。
そういう信念で生きている。言わなかったことを後悔したくないからだ。
だけど、これは身勝手だと、今なら少し思う。
想いに応えられないなら、言われた方は負担でしかない。
ましてや常識的で社会規範にのっとって生きる彼にとって、既婚者に好きだということ自体が、不道徳で非常識極まりないと思えることなのかもしれない。
それでも言わずにいられないほど、私は彼が好きだった。
そして言ってもいいと思えるだけの安心感もあった。
なぜなら私が彼を好きだと言ったところで、彼が揺らぐことなどないと思えたからだ。
私は彼の家庭を壊したいわけじゃない。
親の離婚で心に傷を負った自分としては、子どものために家庭環境を整えることが何より大事だと思っている。
じゃあ、好きになるなと言われてもそれは自分でコントロールできることではない。
理性でコントロールできるのは、不倫関係にならないように一線を引くことだけだ。
気持ちを伝えたところで、一線を越えるわけもない。
それは彼の態度を見ていればわかることだ。
ツインレイと思ったけれど、もうわからない。
偽ツインレイだったのかもしれない。
じゃあ、この後本物に会ったりするんだろうか。
そもそもツインレイなんてあるんだろうか。
一つ言えるのは、私は彼に恋をしたということだ。
そのせいなのか、彼の指を掴んだだけで、不規則で少量になっていた生理が復活した。
一月に出会った時、異国のすさまじい乾燥でボロボロになった肌が一日で潤いを取り戻したように。
私は彼に恋をして女性ホルモンが活性化した。
それだけは事実。
彼が私に対してどのような感情を抱いているかは知らないし、完全なる片想いと思っているが、私は彼が好きなのだ。
それだけが、確信して言えるただ一つのことだった。
ツインレイであるかどうかは、もう考えないことにした。
そうであってもなくても彼が私を受け入れないのは同じだし、どうにもなりはしないのだ。