ツインレイ?の記録45
9月18日
彼と彼の部下は私の学生たちから現地語を学んでいる。
この日は彼の部下を担当する学生が新しい学生になった初日で、その学生が緊張しているので私も付き添うことになっていた。
それを知った上で彼は同じ日に私の学生と二人で日本料理の店に行く約束をしていた。
そのことを前日に二人で行ったマックの帰りに初めて知らされた私は、彼が故意にそうしたことにショックを受けていたが、忙しい彼が空いているのが部下と同じでたまたまだったかもしれないと考え直していた。
そしてレッスンの帰り、長引いたことと、ホテルのロビーになぜかオケラがいたのを発見したことで、ホテルにタクシーで戻ってきた彼と偶然入り口で鉢合わせた。
その時、私は彼に「月が綺麗ですね」と言った。
この日が満月だったからだ。
でも生憎曇り空で月は出ていない。
「月なんて出てないし」と彼は言った。
それでも私は「月が綺麗ですね」ともう一度言った。
かつて夏目漱石は「ILove You」の和訳を「月が綺麗ですね」にしたという。直接愛を告白する習慣のない日本人の感性に合わせた言葉だ。
精一杯の愛の告白だったが、「月なんて出てない」つまり「愛なんてないし」と言われてるみたいで、まあ、そうだよね、なんて思ったりした。
この日の話題で彼の部下は私の年齢が彼と同じであるだろうということを言ってきた。つまり40ぐらいだ。でも彼は見た目が若く見えるので35ぐらいに見えるとこの国で言われている。私も大体それぐらいには見られている。でも部下には39ですか?と言われたので、なぜ彼の方が若く見えるのかと、彼の前でも言っていた。
それに対して部下も学生もどう返答していいかわからないといった空気になったところ、彼が「ほら、みんな困ってるから」と言ってとっととホテルの中に入ってしまった。相変わらずそっけない。
せめて今晩満月が見えていればよかったのにと思いながら帰宅した。
そしてその時乗ったタクシーの運転手に連絡先を聞かれ、日本語に興味があるということだったが、送りつけられてくるメッセージがどこか気持ち悪い感じだった。
こういったことはよくあるが、その度に私は、私が彼に頻繁にメッセージを送るたびに彼もこんなふうに嫌な気分になっているのではないかと考えて落ち込んでしまう。
それでも私はまた彼にくだらないメッセージを送ってしまうのだ。
9月19日
彼に前日のオケラの動画と写真を送る。
でも彼の返事は、この日現地で起きた日本人の子どもが殺害されたニュースについてだ。
もちろんそのことは知っていた。でも話題にはしなかった。
彼は、ニュースを話題にして日本人が狙われた背景はわからないというが、私は予想はついている。それはこの国の経済不安であり、日本人なら狙ってもいいという風潮があるためだ。
そしてこのような事件を起こす犯人は己を律することなく誰かの何かのせいにして憂さを晴らそうとする弱い人間だ。弱い者は弱い相手を攻撃する。だから子供を狙うというような卑劣な事件が起きるのではないだろうか。
私はそのことを彼に伝えた。
父親である彼は背景は何かわからないが子どもが狙われることは許せないし、何が背景であろうと子どもが安心して生活できる環境を整えてほしいと返信してきた。不安を抱えて異国で生活するのは大変なことだと。
「事件の本質を解明してもらい、再発防止を願うばかりです」
この部分を読んで私はもやっとした気持ちになった。
私は背景や事件の本質をついたことを書いたと思うが、そのことにはまったく触れず、人の話も聞かない。
彼にはそういうところがある。
私の話は聞かない。
まあ、自分で納得しないからスルーしていると言ってもいいし、それ以外にも私がお願いしたことや質問したことでも、簡単にスルーする。
実は私はそのたびに傷ついてきて、心に形があるならば、もうすでに細かい傷でいっぱいだ。
9月26日
授業で日本の原発について説明するために、友人が作った絵本を現地語に翻訳することにしたが、理系の学者が原文を書いているので、意味がわからない部分があり、理系の彼に質問した。
それは彼の専門分野だからか、彼は丁寧に答えてくれた。
かなりしつこく聞いたのに対応してくれたし、絵を描いた友人でさえ私の追及が面倒な感じになったのに彼は「掘り下げることは大事だと思います。調べることでわかることも多いですし、良いことだと思います。理系の感性ですね」と言ってくれた。
それで私はもともと自分は理系の感性があったのかもしれないと、幼い頃は算数が得意だったのが、中学で理科と数学の先生が大嫌いで一気に苦手になっていたことを思い出した。
9月28日
彼と行こうと言っていた日本料理のお店に学生と二人で行った。
その時の料理の写真などを彼に送り、雰囲気もいいし、彼と一緒に行ったマックからも歩いて行ける距離なので今度行きましょうと連絡した。
それに対して彼は自分も行ったことがあると返事をしてきた。
「他の食べ物も気になっていたので、ぜひ行きましょう」
だけど、具体的にいつという話にはならないし、ただの社交辞令なのかもしれない。それと同時に彼が忙しいことと、その時の気分次第というのがあるので、前もって約束なんてしたこともないことを思い出す。
そして大型連休が始まった。
10月1日
連休初日、また無差別殺人事件のニュースがあった。
今度は日本人ではないが、日本人が狙われやすいというのは変わらない。
外出の際は気をつけてくださいと彼に連絡をした。
「今回の事件の被害者に日本人はいなかったようですが、子どもが犠牲になるのは辛いです」
「治安が良いと思ってましたが、実際には国内のどこかで事件が発生しているという事実を認識させられます」
「改めて海外駐在での安全に意識を向ける必要がありますね。気をつけましょう」
なんだか、これらの文章を読んでやはりもやっとしてしまった。
犯人の動機はやはり経済不安からだ。
だからこそこれは日本でも起こりうる事件だ。
ましてや日本のように国土の狭い国で起こる猟奇殺人などの数を考えると、日本は安全でここは危険だと単純には思えない。
連休初日から暗いニュースで私の気分も落ち込んでいた。
そこに地元の高校生たちから連絡があった。
彼らは私の大学の教え子の更に教え子で、夏休みに初めて遊びに来て以来、なつかれていて、この日も「明日遊びに行っていいですか?」と連絡してきた。
前回はみんなで手巻き寿司をしたが、今回はカレーでも作ろうかと思った。
そこで彼にも声をかけた。
彼の部下は帰国しているが、彼は不定期出勤で帰国しないことは部下から既に聞いている。
「明日高校生たちが来るのでカレー作りますが食べますか?」
そう誘ったけれど、たぶん来ないだろうなと思った。
いつからか、彼は私の部屋には極力来ないというルールを自分で作っているんじゃないかと思った。
その代わり、前よりも二人での食事に誘われるようになった。
私の部屋で二人になって、私の手料理を食べるよりはマシだろうという考えなのか、家に来ないことや食事を断るためのごまかしなのかわからない。
この連休、彼は帰国しないということなので、一度ぐらいはまた食事に誘ってくれるんじゃないかと期待もした。
でも、この時、彼の返事は私の予想もつかなかったもので、さらには私の知らないところで彼がしていたことが私をひどく傷つけた。
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