ツインレイ?の記録26
5月12日
この日は、友だちの韓国女子と彼と三人で日本料理の店で晩御飯を食べる日だった。
以前から約束していたことだったが、なかなか日程が合わずこの日になった。
でもタイミングがずれたことで、一時期関係が悪化していた私と韓国女子はお互いの誤解を解き、再び仲良くできるようになった。彼が韓国女子との食事会を設定してくれたおかげだ。本当にたまたまだけど。
早めについた私は店の前で彼を待った。
やがて、日曜でも仕事だった彼が、仕事後まっすぐやってきた。
時間は17時半。
韓国女子はまだ来ていない。
私たちは先に店に入った。
この日、韓国女子は子どもを預かってくれるお姑さんと連絡がつかないとかで、三歳の次女を連れてくることになっていた。
私は座敷の奥の席に彼女と子どもが座ればいいと思い、入り口側に彼と並んで座った。
すると、彼は私との間に距離を空けるように座った。
それはもう不自然なぐらいに。
外で子どもの声がしたので、彼は彼女たち親子が来たのではないかと言い、私も入り口から外を覗き見ようと、自然と彼のそばに体が近づいたかが、その時も彼は不自然なぐらいに体を固めていた。
警戒心が半端ないと思った。
そもそも彼はほかの人がいると堂々としていて快活な様子で彼らしく、それこそ誰が見ても完璧で余裕のある大人の男性といった感じなのだが、私と二人だと彼の別の面である心配性で警戒心の強いところが前面に出てくる。
私も彼と二人きりだと本来の自分ではないというか、意識しすぎて緊張して、良く見せようとしてしまい、かえってぎこちなくなる。
彼にも「普通にしてください」と言われているが、私のほうはもう彼が好きすぎて、どうにもそのようにはできない。
でも彼もまた私と二人だとぎこちないし、いつものかっこいい彼ではない。
ツインレイはお互い一緒にいて居心地がいいとか安心できるとか言うけれど、こんなにお互いぎこちなくなるのは、やはり偽ツインレイなのではないのかと思ってしまう。
やがて、韓国人親子がやってきた。
娘には前にも一度会ったことがある。
特に三歳の次女は天使のように可愛い。
娘が二人いる彼は終始次女を見つめていて、目を細めている。
「お父さんの顔してますね」と私が言うと、
「そりゃそうでしょ」と彼も言う。
その横顔を見ていると、私は父を思い出す。
父も私が小さい頃は私のことを溺愛していた。
でも、私が結婚して家を出た時、まるで裏切りにあったかのような態度。
まあ結婚相手もちょっと問題ある人だったので、親としては納得もできなかったのだろう。
ただ、それ以上に、娘でもあり母や祖母の代わりでもあった私が離れていくことは、未熟で依存が強い父にとっては耐えがたいことだったのかもしれない。
結婚前に私は東京で暮らしているが、その時も、脳梗塞の父を置いていったと父の記憶は改ざんされている。
実際は、脳梗塞後、リハビリも終え、再発症のリスクが高い二年は経っている。
あの時は、父の依存や甘えが重くて私もストレスが限界だったので、友人の勧めもあり、一時的に東京に避難したのだ。
でもこの時は、離れたことで父との関係も再び良好になった。
しかし私はこの時出会った元夫と一年後結婚し、無職だった元夫の仕事が決まるまでと一時的に父の家で暮らしたものの追い出されてしまう。
親としてみればなんでこんな男と結婚するんだということだったろうが、妊娠もしたこともあり、私は籍を入れた。
でも二度の流産を経て、結果、子どもも持てず、離婚することとなる。
離婚した後、父の家に戻るが、それ以降も今に至るまでも父との関係はそれほど良くなってはいない。
父にしてみれば、もう高齢ということもあり、自分のことで精一杯で人のことを思いやれる余裕もない。
この異国の地からLINEはするものの既読がつけばマシなほうで、向こうから連絡が来るときといえば、何かが壊れたとかお金がないとかそういった時だけだ。
これは友人の韓国女子にしてみれば信じられないことらしく、彼女は親はいくつになっても子どもを愛して当然だと言う考えがある。
実際彼女は、今も親との関係は良好だ。
そんな彼女は食事の時に、「結婚したばかりの時は異国の辺鄙な田舎に嫁いで何もかもが嫌だったけれど、子どもができてからは幸せだ」と本当に幸せそうに言った。
そして、「子どもの教育のために夫を残して娘たちと自分だけアメリカに行きたいけれど、夫が家族が離れるのは許してくれない。でもあなたは仕事で一人でこの国に来ていますね」ということを彼に言った。
私は通訳していたが、その時私は彼女に
「でも彼は自分から好んで来たわけじゃないし、家族と離れたいわけじゃない」
と彼の気持ちを代弁した。
私がそう言ったと伝えると彼も少し悲しそうな顔をしてうなずいた。
彼の奥さんは子どもが育てられる環境ではないと判断してついて来てくれなかったと言う。
子どもとは画面越しでしか会えなくて、それが何よりつらいそうだ。
私は話を聞いていて、色々と複雑な気持ちになった。
そしてさらに私の心をかき乱すことを知る。
彼には三人の子どもがいて、私は上の二人が女の子で一番下が男の子だと思っていたが、真ん中が男の子だとわかった。
そしてその男の子の生年月日を聞いて驚いた。
もしも、私の子どもが生まれていたら、同じだ。
今年で十歳になっただろう。
そして、私はずっと男の子が欲しいと思っていた。
ああ、ここに生まれたんだね、と私は思った。
昔、胎内記憶の講演会で聞いた話だが、多くの子どもが、生まれる前の記憶を語った時に言うのが、「お母さんを選んできた」とか「この家の子になろうと思った」とか「お母さんを助けるために来た」というものだ。
私は選ばれなかった。
産んであげることもできなかった。
そんな思いが私の中にずっとあった。
私には彼や韓国女子のような「親の気持ち」はわからない。
自分を捨てた母親は世界一信用できない人間であり、私を無視する父親も気まぐれに自己愛に近い愛情を子どもである私に向けていただけなのかと思っている。
そして親にもなれなかった私が親の気持ちなどわかるわけもない。
私はこの日、現地の友人メリーと喧嘩していて、彼女の誕生日であるこの日に彼女を祝おうともしなかった。誕生会には参加せず、形ばかりのメッセージを送っただけだ。
彼には「メリーさんを母親としてではなく友だちとしてみてあげたほうがいいです」と言われていたが、どうしてもそれができなかった。
こんなに未熟な人間でも親になれる上に、親になっただけで偉そうな態度に出るの?
子育てがたいへんだからって、周りへの気遣いをなくしてもいいの?
いや、でもこれ実際は、メリーが子どものことばかりで、足を怪我している私への気遣いや配慮がまったくないことに腹を立てていたわけで、つまりは自分が幼少期母親にネグレクトされていたトラウマを誘発したのだ。
そしてこんな母親でも慕う息子に幼い頃の自分が重なってつらかったのだ。
だからメリーが悪いというより、完全に私のインナーチャイルドが暴れ狂っていたせいで、彼が「母親としてみるな」と言ったのは本当に正しい。
でも私にはできなかった。
親になれなかったコンプレックスも上乗せして、メリーのことがどうしても許せなかった。
同じ機能不全家族で育ったメリーは、なぜ子供を持つことができたのか。
私の子どもだって二度も連続で私に宿り、生まれてこようとしてくれたのだ。でも私は産んであげることができなかった。
もしも彼のところに生まれてくれたならきっと私はうれしいと感じるはずだった。
でも実際は、フリーズしてしまい、その食事中、私は一時的に通訳としての機能も果たせず、彼は困っていたと韓国女子が後から言った。
この日、彼は私と韓国女子に日本のケーキをくれた。
彼は色んな人にプレゼントを渡すことが好きらしい。
だから前回私に故郷のお菓子をくれたことも、日焼け止めをくれたことも、別に私だけに特別じゃないんだろうなと思った。
本当に、もうだんだんこの人はツインレイなんかじゃないんだろうなという気になってきた。
実際、この日も私は彼になぜマッサージを断るのかという質問をした時の彼の答え方もひどかった。
彼「ほかの人にしてあげてください」
私「私は疲れているあなたにしたいんです」
彼「でも私はいいので、ほかにしてほしい人にしてください」
私「最初はお願いしますって言ってたのになぜ断るんですか」
彼「最初は断っちゃまずいと思ったから」
彼はこう言うが私は彼が断わるのは、あの時、私たちは近づきすぎてしまったからだ。
もし一線を越えれば、既婚者の彼は取り返しのつかないことになる。
彼はこの時もしきりに言った。
「女の人の部屋で二人で、女の人にマッサージしてもらうって変じゃないですか」
あの時の空気を思い出しているんだろう。
「私、実は女じゃないです」私がおどけたように言うと
「そんなわけないでしょ」と彼が言う。
でも実際、もう若くもない私としては、自分はもう女じゃないという気持ちでいっぱいだった。
だから本当に彼が私をやたら女扱いすることが不思議と思う面もある。
まあそれは私がメスのような好意を示しているのだから当然そうなるだろう。警戒し、危機感、もしくは嫌悪感を抱いてもしかたないと思う。
だけど、私の気持ちは止まらない。
私たちはこの問答をしている間も、ずっとお互いの目をみつめている。
これは本当に不思議なのだけれど、彼はどうか知らないけれど、私はここまで人と目と目を見て話すことはない。
大体相手はその前にそらすし、むしろ私の目力が怖いと言われて、そんなに見ないでと言われたこともある。だからあまり見過ぎないようにしている。
でも彼は視線をはずさない。
もしかしたら私と同じで人の目を見るタイプなのかもしれない。
そのせいなのか彼と私が話す時というのは、お互いの目をずっと見ている。
なんというか、その間、深く吸い込まれる。
ドキドキするとかもなく、うまく言えないが、逆にここまで自然にずっと目を見て話せる人はいない。
なんていうか人の目を見ているという気がしない。
本当にどう説明していいかわからないが、とにかくここまで目と目を見て、自然に話せる人はほかにいないのだ。
しかし、変な話、これが恋なら見つめ合うだけでときめいたりするのでは?
でも私の感覚としては、目を見てると安心するというか、心に波風が立たない。むしろ目を見ていない時、ただ彼の顔を見る時のほうが緊張する。
よく好きな人を見ていて目が合うと慌ててそらすというのはあるが、それとまったく逆。目があうと緊張が解ける。本当にこの感覚はうまく言えない。
でも、私は明らかに恋愛感情があるので、マッサージを頑なに拒んだり私と二人きりになることを露骨に避ける彼の態度に不満を感じ、
「私のこと嫌いなんですか?」
と帰り際彼に尋ねた。
彼は答えず戸惑った様子に見えた。
私はマッサージの師匠から、マッサージは愛だと教わっている。
「愛を込めたマッサージはセックスより勝る」
というのが外国人である師匠の教えだ。
最初に彼にマッサージをした時、彼がぎっくり腰だったこともあり、最後までマッサージすることができなかった。
でも、私としては、既婚者の彼と肉体関係になることができないなら、せめてマッサージをさせてほしいという想いがあった。
しかもマッサージは私は師匠から店を開いてもいい許可も出ているぐらいの腕がある。
でもこれも、それこそ相手の同意がなければできることではない。
だから拒まれている以上、もうどうしようもない。
でもだからといって、「ほかの人にしてあげて」と言うのは、「自分はあなたと性行為したくありませんから、ほかの人とやってきて」と言われているようなもので、私にしてみれば、それもあなたが決めることではないでしょうという腹立ちがあった。
彼は今毎朝仕事が早いので、この日は20時には会食を終えた。
帰り、エレベーターの中、彼は年老いて疲れたようにも見えた。
彼の目に映る私はどうか?
何となく、私たちは同じものを見ている気がするので、私もまた若くもない自分を晒しているのだろう。
40代の私たちは、二人とももう若くはない。
外に出て、まず先に韓国女子親子を見送った。
前回、私を路上に残し、先に帰った彼は、今回はすぐに帰ろうとしない。
「もしかして、前回私が言ったことを気にしてるんですか?」と私が言うと、
「あたりまえじゃないですか」と彼が言う。
そして私がタクシーに乗ると、彼もまた自分のタクシーに乗った。
さらに家に帰ると、
「無事に戻られたでしょうか?」
のメッセージ。
これも前回私が、私の友だちは私を路上に残して先に帰らないし、帰ったら帰宅確認の連絡が来ると言って彼に不満を伝えたからなんだろう。
彼は決して完璧な人ではない。
でも完璧であろうと努力している人だ。
完璧というと聞こえが悪いが、失敗をしてもそこから学んで次には同じことはしないと決めて、実際それを実行してきた人なのだろう。
私は彼に返事はしなかった。
会食は、正直あまり楽しくなかった。
韓国女子と彼の「親の顔」を見て抱いた自分の複雑な気持ち、彼の露骨に私を避ける態度に私は傷ついていた。
そして次に会う予定の17日まで、私は彼に連絡をしなかった。
その間、ずっとメンタルは不調で、私のインナーチャイルドは激しく暴れ狂っていた。
彼はツインレイなんかじゃない、ツインレイなんかじゃない、ツインレイなんかじゃない、私は愛されない、私は選ばれない、誰にも愛されない、自分を愛せない……。
私のインナーチャイルドは親の愛情を求めている。
でも親にもなれなかった私は親の愛情でインナーチャイルドに応えてあげることができない。
私は彼に親としての愛情も求めているのかもしれない。
私のインナーチャイルドが求めているのは明らかにそれだ。
でも一人の男性としても惹かれている。
いずれにしても私は拒まれている。
もうぐちゃぐちゃだった。
心底ツインレイなんてもうどうでもいいと思った。