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#5頑固オヤジや厳しいお袋こそ今の世の中に必要!子育てを識学で考えたら、親のありがたみに気づいた話

9月から受け始めた識学が、子育てにも役に立ちそうだな、と思い、自分自身の理解を深めるためにもこれから毎回識学を受講し終わるまで記事にしてみることにしました。
さて第5回のテーマは「結果」と「成果」です。

世の中は「結果」が全て

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識学では、結果と成果について、それぞれ

結果=事実(期限時)
成果=出来栄え(他者評価)

と定義しています。
結果は、決められた期限までに出た事実であり、成果とは結果が出たあとに、その結果に基づいて他者に評価されるもの、という関係です。

確かに、私たちが日々生活する社会は、基本的に結果で判断されますよね。
仕事も、スポーツも、芸術も、プロと言われる領域に近づくほど、結果が全ての世界です。そして、結果が出ればおのずと成果はついてきます。逆にどんなに結果がでるまでの経過にこだわっても、また、他者からの評価を気にしていても、結果が出なければ成果はありません。ですから、まずは結果にこだわる、ということが大事です。

これは家庭の中でも同じなんです。
家庭の中でルールを決めるのは親ですが、そのルールも、本来であれば、社会のこの仕組みに合わせる必要があります。つまり、結果を明確にし、結果で成果を決める、ということです。

努力はどこまで認めればよいのか?

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例えば、宿題を寝る時間の21時までに終わらせる、と決めたとします。その場合、宿題を21時までに終わらせられなかったら、どんなに頑張ったとしても結果は未達が事実であり、評価もされないですよね。もしこれ「頑張ったもんね!」と「そうかそうか、しょうがないよね」と評価してしまうとどうなるでしょうか?もしかしたら子どもは、言い訳をうまくすれば結果を出さなくても認めてもらえる、と勘違いしたり、また親の顔色を伺い、今日は機嫌がよいから評価してもらえるかもしれない、と迷ってしまうかもしれません。
でも親心としてはつい、経過を褒めたくなってしまうときもありますよね。頑張ってるしな…努力したしな…と。経過を褒めてあげないと、可哀想なのではないか、と悩んだこともみなさんあるのではないでしょうか?

でも、このことを考えたときに、私はとても厳しかった母の子育てが、実は何も間違っていなかったことに気づいたんです。今日は少しだけそんなお話をお伝えしたいと思います。

「結果」でしか評価してくれなかった厳しい母

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私は一人っ子で、母は私を36歳の時に産んだこともあり、友だち親子とは程遠い関係で、とても厳しい母でした。特に、家の中での私の役割は明確で、母は専業主婦だったにもかかわらず、学生の私に「働かざる者食うべからず」と言って、食器洗いや掃除など、とにかく家の手伝いをさせました。

特に今でも覚えているのは食器洗い。
とにかく、何があっても夕飯の食器は私が洗うと決められてました。どんなにテレビを見ていようとも、おなかがいっぱいで動けなくても、食器はいつも私が洗うまでシンクに残っているわけです。洗うことが役割であり結果なので、洗ったところで褒められるわけではもちろんありません。
つまり経過など度外視です。

ですからある時から私は、とにかくご馳走様をしたらすぐに食器を洗う、ということを習慣づけました。先延ばしにしたところで逃げられないからです…苦笑
言い訳しようものなら、「あなたね、社会に出たらこういう当たり前のことができないと困るのよ!」と鬼の形相で口酸っぱく言われ、社会ってなんだよ、私は別に学校ではちゃんといい子にしてるし困らないよ、といつも思っていました。

でも、今思えば、随分母は識学的な子育てだったな、と思うんですよね。
確かに、そのおかげで私は家庭を持ってからも食器洗いが大変だと思ったことは一度もありませんでした。洗うことが習慣になっているので、お義母さんの家に行っても、家事を手伝うことが当たり前で、何も困ることはありませんでした。どれも母以上に厳しい環境ではなかったからです。

でも、恥ずかしいことに、私は30代後半になり、こんな風に識学を通して自分の子育てを振り返ってみて初めて、「社会に出ても困らないように」と厳しく育ててくれた母の子育てが、何も間違っていなかったんだということに気づかされたんです。

なぜなら、母の厳しいルールは、まさに「社会のルール」と一致していたからです。母は、きっと自分の娘に嫌がられても、嫌われても、私が社会に出た時に困らないようにすることが、親の一番の役割だと強く認識していたのだなと。親の心子知らず、とはこのことですね…。

親だけが子どもに与えられる”本当の優しさ”

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私たち世代の子育ては、厳しく育てる、ということの本当の意味を履き違えているのかもしれません。ルールを破ったら何があっても絶対に許してくれない厳格な父や、有無も言わさず家事を手伝わせる厳しい母という日本の昔ながらの子育ては、あながち悪いものではないのかもしれません。むしろ、そうした厳しさこそが、子どもに自立を促し、本当に社会で役に立てる人材に育てるのかもしれないです。

子育ては本当に奥深いです。そんな風に自分の親がしてくれたことのありがたさに気づくこともまた、親自身が成長できる機会なのかもしれませんね。


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