見出し画像

慕情

ぼくは、二階の寝室の窓から、庭師のジョンが母の手を引いて植え込みの向こうに消えるのを目ざとく見つけた。
壮年の屈強な黒人の庭師は、寡黙で、ぼくなんか、まともに口もきいたことがない。
もっとも南部訛りの強いジョンなので、ほとんど何を言っているのか聞き取れなかった。
父が、ニューオーリンズの「フレンチ・クォーター」で経営する不動産仲介業のオフィスに出ずっぱりで、たいてい母が独りぼっちなのをジョンはずっと前から狙っていたのだ。

「エディぼっちゃん」
ノックのあとに女中のエレナの声がドアの外で呼ばわった。
「お入り、エレナ」「失礼します」
すっとドアが開いて、赤毛を三つ編みにし、そばかすの中に目鼻があるようなエレナが洗濯物のバスケットを携(たずさ)えて入ってきた。
エレナは、ぼくより三つ年上の二十歳で、父の会社の人の娘だった。ぼくの母と仲が良かったので、家事のきりもりを手伝ってもらうことにして住み込んでいるのだった。
「エレナは、母さんとジョンのことをどう思う?」
ぼくは、歳の近い姉のように慕うエレナに訊いてみた。
「奥様と庭師でございますか?それがなにか」
その目は何か知っている雰囲気だった。
「いつもジョンが母さんを追いかけているように見えるんだ」
「それは…」
やはり、エレナは何か知っているようだった。
「見たんだね?」
「いえ、なにも」「うそつけ」「うそだなんて」
そのまま、彼女は押し黙ってしまう。

ぼくだって、母のあとをつけて、その現場を押さえることができたはずだ。
それをしないのは、怖かったからだ。
まして父に告げ口をするなんて、両親の関係を破綻させるに十分なわざわいではないか?
「その現場」で何が行われているのか?
ハイティーンのぼくの想像に難くなかった。
黒人の巨大なペニスが、真っ白な母の胎内に突き立てられているに相違ないのだ。
それを想像するだけで、ぼくは自身が硬くなるのだった。
「母さんは、ジョンにいたぶられながら、きっと喜びの声を上げているのだ」
そう、想いながら、分身をしごき、虚しく床を汚すのである。

「いつまで、あの奥の納屋に二人はいるんだろう?」
ぼくは、たまらなくなってそっと部屋を出ようとした。
すると「エディぼっちゃん」とエレナの声が咎めた。
「行ってはいけません」「なぜだ?」「なぜでも」
ぼくは、しかし我慢ならなかった。今日こそあそこで何が行われているか突き止めてやると決心していた。
「ぼっちゃん…あたしが…あたしがしてさしあげますから、どうか」
いったい、エレナが何をしてくれると言うのだ?
「エレナ」
「エディさまは、もう大人だから、なにもかもご存じなんでしょ」
「なにを…」
エレナが、子供をなだめるようにぼくのそばに来て髪を撫で、少しかがんで接吻をしてきた。
ちゅ…
「奥様のことを、勘繰るのはおやめになって。あたしが、ぼっちゃんの気持ちを静めて差し上げますから」
そういうと、直立したぼくのズボンの前のボタンを一個ずつ外すのだ。
それで、というより、キスのときにぼくはすべてを察していた。
エレナがぼくの欲望を慰めてくれるのだと言うことを。

ぼくは自分のベッドの縁に腰かけ、ズボンの前から恥ずかしいくらいに勃起させたペニスをさらしていた。
その横にエレナが座り、「さ、あたしに任せてくださいな」というなり、再び唇をかさねてきた。
初めて味わう他人の味は、味の薄いスープのようだった。
ぼくはエレナのことをあまり気に留めたことがなく、ましてこんな関係になるなんて想像だにしていなかった。
エレナの掌(てのひら)がぼくを握り、ぼくがするように上下にこすってきたのだ。
「硬いわ。ぼっちゃん」
「ああ、たまんないよ」
「ふふ、かわいい。弟みたい」
エレナには兄弟がいなかったはずだ。
ぼくはこの異常な状況に、かつてない興奮を覚えていた。
息が荒くなって、心臓が速く打っている。全身がこわばり、エレナの体臭に鼻をうずめた。
その柔らかな乳房は、思っていたより豊かで蒸れていた。
「はうっ」
「いくのね」
握る力が強くなり、皮が下に強く引っ張られる。
びゅーっ…びゅっ、びゅっ…
勢いよく、ぼくは放った。その後の記憶がない。
気がついたら、ぼくはベッドの上に仰向けになって、その股間をエレナが、かいがいしく始末していたのだった。
「ぼっちゃんったら、あんなにお出しになるんだもの」
洗濯したてのコットンのタオルできれいに拭かれた。
「さ、これでまた、お洗濯をしないと」といって、エレナが立ち上がって部屋から出て行こうとした。
「エ、エレナ、ありがとう」
「どういたしまして。ぼっちゃんももう奥様を詮索なさらずにね」
「あ、ああ」
そしてほんとうに部屋から出て行ってしまった。
ぼくは、新しい下着に履き替え、ズボンを履いた。
その日からエレナを想って、自慰にふけることになってしまった。

いいなと思ったら応援しよう!