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『一歩踏み出してライブに出演したら人生が変わった話』

ウチのバンドのオリジナル曲(旦那作)です。デモなのでほぼ打ち込みですが、お話のアクセントによかったら聴いてみてください。

バンドを組んで、今年でもう13年目になる。
私がバンドを始めたそもそものきっかけは、
映画『耳をすませば』と、ゆずの2人だった。

『耳をすませば』の主人公月島雫と天沢聖司の関係は同世代だった私の憧れだったし、2人が劇中で奏でる”カントリーロード”は、私に、それはもうとんでもない影響を与えた。
音楽というものへの憧れ。
誰かと共に音を奏でること。
さらに当時好きだったゆずの2人が路上ライブ出身であったことを知り「私も色んな人の前で歌ってみたい」と強く思うようになっていた。

そして紆余曲折ありながらもバンドを組んだ私は、何度もメンバーを変えながらこの年までバンドを続けている。

今のメンバーはボーカルの私を含めて4人。
ベース、ドラム、そしてギター。
オーソドックスな形態のバンドだが、今のメンバーに落ち着いてからは、なんだかんだ自分達のペースで音楽がやれていると思う。
昔ほど「名を売りたい」と気負わなくなったし、
自分の好きな音楽を出来るようになった。

そして何より、私はバンドを続けてきたおかげで人生が変わった。
生涯の伴侶を手に入れたのだから。

これは、今のメンバーが集まるほんの少し前。
私がとあるバンドのギターに惚れ込んでしまった時のお話である。

🎼バンド、やめます

数年前のある日。
当時のメンバー全員で集まって、定例会議(という名の飲み会)を開いていた私たちは、いつもの居酒屋でやたらと酸っぱいレモンサワーをちびちび飲みながら、誰とはなしに小さく呟いていた。
「そろそろ潮時かもねぇ」
それはメンバー全員が思いながらも、これまで全員が揃って見て見ぬふりをしてきた現実だった。

理由なくバンド活動をする人はいない。
ただ音楽が好きだから、趣味で演奏する人もいるだろうし、憧れのアーティストに近づきたい一心で、コピーバンドを組む人もいるだろう。
もちろん売れるバンドになりたくて、音楽で飯を食っていきたい!と、一生懸命頑張る人もいると思う。

当時のウチのバンドのスタンスとしては「売れたい」とまではいかなくても、少なくとも『有名』にはなりたい、という気持ちはあった。
東京で有名になろう、とか分不相応なことを願うつもりはないが、地元というローカルな場でくらいは、名の知れたバンドになりたい。

そう思って頑張っていたけれど、まあ、現実は厳しくて。
地元で10番手くらいにはなれたかもしれないけど、そこから先の壁はとても分厚くて、それを飛び越えるには、なにか別の“きっかけ“がないとダメだと思った。

あと一歩が足りない。
あと一歩、もう少しだけ踏み出すきっかけがあれば、もうひとつ、大きなステージに行けそうなのに。
きっかけが足りない、実力が足りない、人との繋がりが足りない。
ないない尽くしの日々。
それを実感させられるたびに、私たちは疲弊していった。
そんな日々を停滞したまま過ごすには、私たちは年を取りすぎていたのだ。

🎼“華々しく散りたい“

「バンドやめよう」と口にしたのは私だった。
このバンドは、まずもとを正せば私の音楽への憧れから始まったことだから、終わらせるのも、自分からでありたかった。

他のメンバーは、その言葉を待っていたかのように「そうだね」「そうしよう」とすぐに納得してくれたけど、このバンドが出来た初めから、ずっと付き合ってくれている親友ーーベースのMだけは、最後まで解散に反対だった。

「このまま終わるなんて出来ない」
バンド内でも上昇志向が1番強かったMは、解散するにしても華々しく散りたい、と、解散ライブとしてなにかのイベントに出よう、と言った。
それが今までついてきてくれたファンへの誠意であり、自分達への手向けにもなるだろうと。

でもM以外の私達は、ライブに出ることに乗り気ではなかった。
しばらくライブはご無沙汰していたし、全員でスタジオで練習することも減っていた。
みんなそれぞれ仕事が忙しくて、練習する時間も取れない今となっては、どれほどのパフォーマンスが出来るかわからない。

最後の最後に惨めなステージを見せるなら、このまま辞めてしまったほうがいいんじゃ、と。
たぶんそんなことをみんな思っていた。

「こんなとこでぐじぐじ話して、はい解散なんてつまんないじゃん!一歩踏み出さないと、ゴールすることも出来ないんだよ!

確かに“解散“がバンド活動の最終的なゴールだとするなら、今の私達はゴールの一歩手前で足踏みしている状態だった。
ゴールテープを切らずに、観客に応えることなく途中棄権することほど、卑怯な話もないのかもしれない。

Mの意見に納得した私達は、次の休日に、ずっとお世話になっていた箱(ライブハウス)になにか良いイベントがないか訊きに行くことにした。

今思えば、Mの言ったことは至極真っ当である。
一時期は精力的に活動して、それなりにファンもついていたのに。
自分達が疲れた、という勝手な理由で、勝手に終わらせようとするなんて、誠実ではない。
そして結果的にはMのおかげで私は人生を一変させる出来事に出会えたわけだから、Mは私の恩人と言っていいのかもしれないなと今となっては思う。

🎼運命を視た

次の休日、私とMは通いなれたライブハウス“W“に足を運んでいた。
当時、よくお世話になっていた箱はいくつかあったが、1番出演回数が多かったのが“W“だったし、箱の規模も地元では大きかったから、終わらせるならこの場所が相応しい、と私もMも考えていた。

その日は休日だったからライブイベントが行われていて、私たちは支配人に相談する前に、そのイベントを観ていくことにした。
どちらにせよ、イベントが終わらないと支配人の時間が取れないだろうと思ったし、電話で済ませてしまえば楽だったかとも思ったが、自分達の最後を電話で決めるのはなんか違う、とも思った。

久しぶりに観るライブは楽しかった。
普段自分達が出演するのはどちらかというとコピーバンド主体の企画だったから、オリジナル曲でガチガチに固められたバンドを観るのは面白かったし、同じイベントに出演することもないから、観たことのないバンドさんがたくさんいて新鮮だった。
転換の間にMと「あのバンドの曲はよかった、あのボーカルが良い声だった」と楽しくおしゃべりしながら、ライブも終盤に差し掛かった、6番手。
私はこの時のバンドを一生忘れない。

女性ボーカルのバンドだった。
がなりたてることもなく、張り上げるわけでもなく、なのに会場全体に届く声量。
他の楽器に全く負けていない。
「あのボーカルすごいね!」とMが言ったけど、私の目はボーカルの横にいるギタリストに釘付けになっていた。

ーー上手かった。
陳腐な言葉でしか表現出来ないくらい、とにかくそのギタリストは上手かった。
細かい動きをするわけじゃない、早弾きを披露するわけじゃない。
ただ実直に旋律を奏でている。
“自分“がいないのだ、と思った。
ギタリストにありがちな「俺を見てくれ!」とか「こんなこと出来るんだぜ!」とか、そういった圧を感じない。
誰の邪魔もしない、だけど耳に残る響き。
まるで一本のギターがそこに在るように、圧倒的な存在感を感じた。

不思議な感覚だった。

「あのギター、すごい」

会場の後ろの方で観ていた私の裸眼では、ギタリストが女なのか男なのかもわからなかった。
髪がやたら長いことだけはわかったけど、MC中も喋らなかったその人は、結局最後までどういう人なのかよくわからなかった。

知りたい。
あのギタリストと話してみたい。

まるで運命に導かれるように、出番が終わったそのギタリストがステージから降りてくるのを待って、私はその人の元に急いだ。

🎼「一緒にやりませんか」

慌てて追いかけてくるMを尻目に、私はそのギタリストに話しかけていた。
今思い返しても、よく根暗の人見知りがあそこまで積極的に話しかけられたものだと思う。

「あのっ!ギター、すごかったです」
「え?ああ、ありがとうございます」

急に話しかけてきた私に、ぎこちなく笑いかけてくれたその人は、男性だった。
控室で髪をひとつにまとめてきたのだろう。
ポニーテールになったそれが、彼が顔を上げた瞬間にぴょん、と跳ねた。

変な人だった。
髪はやたらめったら長いし、ヴィジュアル系バンドでもないのに化粧をしてるし、でも歩き方とか仕草とか話し方とか、そういうものは全部男性のそれだった。

「初めて見ました、あんなすごい演奏」
「すごいことは何もしてないですよ」
「でも、……すごかったです」

子供のように「すごかった」を繰り返すしかなかった。
ギターの奏法もなにもわからない私には、ただ自分の気持ちを伝えるしか出来なかった。
彼はそんな私を見てどう思ったのかわからないが、次のバンドの演奏が始まるまでの間、ほんの少しだけ嬉しそうに話をしてくれた。

今演奏した曲は全部自分が作ったこと、時々このライブハウスに出演していること、昔プロとしてやっていた時期があること、だから技術はあるかもしれないけど大したことはしていないこと。

「でも俺もそろそろ潮時かと思ってるから、次のライブで辞めようと思ってるんですよ」
「えっ!辞めちゃうんですか!?」
「うん、もう昔ほど手も動かないし」

私はその時、彼がジストニアを患っていることを知った。
ジストニアをご存知の方はいるだろうか?
音楽関係者に多い病気で、脳神経の異常により、自分の思い通りに筋肉を動かせなくなる病気である。

数年前、RADWIMPSのドラマーが罹患したことで知った方も多いかもしれない。

ジストニアは薬では治らない。
そして、これに罹患した奏者は、完治させる以外は“奏者としての死を迎える“人が多い。

全盛期の腕も、何もかも。全てを失うのだ。

「やめないでください」
「ありがとう。そういってもらえるのは嬉しいけど、今のバンドはプロを目指してるから、俺はこのまま続けられないんだ」
「じゃあ素人の趣味のバンドならいいですか?」
「え?……まあ、それなら、趣味程度ならいいかなと思うけど」
「それなら!ウチに来ませんか!」

何言ってんだコイツ、と。
きっとその時彼は思っただろう。
でも言わずにはいられなかった。
この才能を腐らせるには惜しいと思った。
なにより、私がこの人の演奏で歌いたい、と思ってしまったのだ。

「ちょ、ちょっと!ウチらだって次でバンド辞めるって……」
「辞めたくない!Mだって本当は辞めたくないでしょ!?」
「そりゃ、そうだけど……」
「続けよう!私、この人の隣で歌いたい!」

めちゃくちゃなことを言ってると、自分で自覚している。
つい先日「バンドやめよう」と言った口で、それを呆気なく翻して「バンドを続けよう」と言っているのだから。

思い込んだら猪突猛進、0か100かの極端思考。
それが私である。

「どの口で言ってやがる」と謗られても、私はもう彼に惚れ込んでいたのだ。

「いやでも、俺、君たちがどんなバンドなのかも知らないし、どんな曲やるのかも知らないし……」
「じゃあ見てください。次、あなたが出演するイベントに、私達も出演しますから。
それでもし“やってもいい“と思ったら、一緒にバンドやりませんか!」

困惑している彼に一方的にそう告げて、私は支配人の元に走った。
ライブ中だと言うのに、事務所でくつろいでいた支配人は私のあまりの剣幕に椅子から落ちそうになっていたけど、ここまで来たら止まるわけにはいかなかった。

納得させてみせる。
そして、彼の隣で歌うんだ。

🎼バンドとしての矜持

Mからはめちゃくちゃ叱られた。
暴走したこともさることながら、誰にも相談なく勝手に走るな!と叱られた。
でも彼女は親友だから、なんだかんだ言って私のことを認めてくれた。

「私も、趣味でもいいからバンド続けたい、って思ってたしね」

他の2人のメンバーは、やはり最後のライブの後にそのままバンドを辞める、と言っていたけど
「そんなにすごいバンドがいるなら、負けないくらいの演奏を最後に見せないとね」と気合を入れ直していた。

彼とは連絡先を交換しなかった。
私が支配人の元から戻ったときには、色んな人に囲まれていて、とても近づける状態じゃなかったから。
だから、私が彼に次に会うのは、ライブ当日。
控室で顔を合わせるまで会うことはない。

久しぶりにメンバー全員、打ち合わせから気合を入れた。
このメンバーでやった期間も長かったから、ファンにウケの良かった曲とか思い出の曲を入れて、とにかく今まで応援してくれた人達に盛り上がってもらえるステージにしようと思った。

次のイベントは、コピーバンドもオリジナルバンドも全部入り混じった雑食編成。
でも地元で有名なバンドが何組か出演するとあって、かなりの集客が見込めそうだった。

恥ずかしいステージには出来ない。
ここまでバンドを続けてきた1人のバンドマンとして、みっともない演奏は見せられない。

「一歩踏み出したなら、最後まで全力でやりきろう」
イベントまでの2ヶ月間、それが私達のテーマになった。

🎼最後で、最初の日

私達の演奏順は3番目だった。
当日、リハーサルを終わらせて、控室に集合した私達は、えもいわれぬ緊張感に支配されていた。こんなに緊張したのは、初めてライブをした日以来だった。

「泣いても笑っても、最後なんだね」
「Mとお前はこれからもやるんだろ」
「そうだけど、ずっとみんなでやってきたからさ」

控室のすみっこで、私達は静かに笑った。
思えば、この箱に出る時はいつもここから他のバンドを眺めていた。

なんだかんだ人見知りのメンバーが集まったから、他のバンドと和気藹々喋ることもあんまり得意じゃなくて、それぞれ知り合いのバンドに挨拶に行っても、いつのまにかここでこうして固まっていた。

「今までありがとね」
「こちらこそ。……なんだかんだ楽しかったよ」
「思えばこのメンバーも長かったねぇ」
「東京出た時は緊張したな」
「全員トチって最初からやり直したよね」

思い出話はいくらでも出てきた。
何度もぶつかったし、喧嘩もしたけど、最後になると思うと、楽しかった記憶しか出てこない。
嫌なことなんて綺麗さっぱりなくなってしまったかのように。
ほんの少しの未練と、後悔と、追憶と。

そんな私達を、あの日出会った彼が見ているのはわかっていたけど。
結局その日は誰も、本番がはじまるまで、そこから離れることはなかった。

ーーそして本番がはじまる。

トップバッターのバンドを少しだけ眺めて、私達は控室で最終確認に入った。
この時はさすがに、全員が違う方向を向いて自分の世界に没頭している。

私も曲のさわりだけを口パクでなぞって、何度も何度も飛びそうな歌詞を頭に叩き込んだ。
失敗出来ない。
これからもバンドを続けるなら、今日だけは絶対に失敗出来ない。

そして今まで応援してくれた人達に、今まで隣にいてくれたメンバーに。
「ありがとう」の感謝を込めて。
今日が最後だと心に刻んで、歌え。

🎼一歩踏み出した先に

ステージを終えた私が煙草をふかしに外に出ると、彼が待っていた。

「お疲れさまです」と軽く頭を下げて、思い切り煙草の煙を吸い込むと、酷使した喉にツン、と染みた。

「とても良い演奏だったね」
「ありがとうございます」

良し悪しは別として、出し切ったとは思っていたから、他人にそう言ってもらえると嬉しかった。
彼はそれ以上なにも言わずに、ただ私が煙草を吸っているのをじっと眺めていた。

漏れきこえるライブの音、国道を走る車の音。
闇に溶けていく煙の色。
ほとんど知らない人なのに、話したこともほとんどないのに、なんだか沈黙が心地よかったのを覚えている。

「一緒に、やってくれますか」

煙草を灰皿に放り込んで、ひとつ息を吐いた私は真正面から彼を見据えた。

「大した人間じゃないんだ、本当に」
「私はそう思っていません」
「難しい曲はもう弾けないよ」
「いいです、それでも」
「これからもどんどん弾けなくなって、そのうちギターを握れなくなるかもしれない」
「その時は、別の方法を一緒に考えましょう」

私が迷いなく答えると、彼は観念したように笑った。

「才能も技術も枯渇したギタリストだけど、それで良ければ一緒にやろう」

そうして彼をメンバーに迎え、私達の新たなバンド人生が始まった。

それから私は、
彼が優しい人であることを知った。
彼が包容力のある人であることを知った。
彼が苦労人であることを知った。
彼が博識であることを知った。
彼があらゆる楽器を扱う人であることを知った。
そして、彼が。
決して治らない病に冒されていることを知った。

数年の月日が経ったある夏の日。
私は彼に結婚を申し込んだ。

「一生、一緒にいてほしい」
ギタリストとしてではなく、生涯の伴侶として。
私の隣に立ってほしい。

その時も彼は、観念したように笑っていた。


ーー運命なんて、あまりにも些細なきっかけに過ぎないから。
ほんの少しの選択の違いで、この手からすり抜けていくものなのだと思う。

Mがあの時“最後にもう一歩踏み出してゴールしよう“と言わなければ。
あの日、2人でライブを観に行かなければ。
彼に話しかけることがなければ。
どこかひとつでもボタンをかけ違えていれば、
きっと私は彼の隣に立つことはなかった。

一歩踏み出してよかった。
その先に、彼が待っていてよかった。
彼に出会えてよかった。

私は今も、歌っている。
彼と出会ったライブハウスで
彼の隣で、歌っている。

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