『白銀に散る』
私の恋愛は、20代で終わった。
私は現実の男性よりもジャニーズにキャーキャー言っているのが楽しくて仕方がない人間だったし、おもに見た目的な意味で、とんでもなく理想が高かったから、世間一般でいう“恋“というものを、ほとんど経験したことがない。
「このままでは結婚出来ないのでは?」と焦って、婚活パーティーに駆け込んだりもしたけれど、そうこうしているうちに、今の旦那と出会ってしまったので、知らない誰かと惚れた腫れたの駆け引きを楽しむ間もなく、なんだかんだ順風満帆に結婚してしまったワケで。
恋愛経験をほとんど積んでこなかった人間だから、まるで身を引き裂かれるような恋も、泣き濡れるような辛い思いもしたこともないけれど。
それでも、忘れられない恋というヤツは、こんな私にもあったりするのだ。
1.はじまりはいつも突然に
若いときの私は、ジャニーズも大好きだったけど、それと同じくらい、オタク活動ーーコスプレにハマっていた。
コスプレってのはひとりでも出来るけど、作品を合わせる仲間がいればより楽しくなるもので、ちょくちょく都内のイベントに出ていた私も、いつのまにか、示し合わせて同じイベントに参加する“仲間“が出来ていた。
そんな仲間たちと、あるとき、ちょっとした大型イベントでコスプレをすることになった。
コミケほどではないけれど、そこそこ大きなコスプレイベントのひとつ。
実はそのころの私には、とある野望があった。
私がコスプレをしていた中でも、特に力を入れていたのが、テニスの王子様という作品で。
かの漫画をご存知の方にはわかっていただけると思うが、テニスの王子様は、とにかく登場人物が多い作品なのである。
主人公が中学テニスの世界でトップを目指す話(雑な説明)なので、主人公の所属する学校はもちろんのこと、試合で戦うライバル校が何校も存在し、そこの部員たちを合わせると、それはもうとんでもない人数になる。
私がコスプレをしていた当時は、ちょうど氷帝と立海大附属の全盛期で、その時点までの登場キャラクターを軽く数えても20人以上の規模になるのだが、私は1度でいいから、登場キャラクターを全員集めてコスプレをしてみたい、と思っていた。
しかし、小さなイベントでは、何十人という規模の人間が、一堂に会するのはとても難しく。
ならば、この大型イベントしかチャンスはない。
仲間たちと何度も話し合い、私たちは、参加する大型イベントに合わせて、テニスの王子様の“大規模合わせ“を決行することに決めた。
2.少女は初恋の夢を見るか
青学、不動峰、山吹、ルドルフ、そして氷帝。
いくら大型のイベントとはいえ、
テニスの王子様に登場する各学校の部員たち(コスプレイヤー)をひとりずつ集めるのは困難を極めたが、それぞれの知り合いに声をかけたり、ネットでも募集をしたりして、流石に全員とはいかなかったものの、なんとか体裁を整えるだけの人数は集めることが出来た。
彼、つまり私が恋に落ちるコトになる男性であるが、私は彼を“先輩“と呼んでいたので、このnoteでも先輩と呼ばせていただく。
先輩は、私の仲間(以下A)の友人だった。
先輩はオタク界隈とは縁遠い人で、全くと言っていいほどコスプレに興味がない人だったのだが「このキャラをやらせるならコイツしかいない!」とAが声をかけてくれたそうだ。
当日。Aから先輩を紹介された私は飛び上がるくらい驚いた。
私の目の前に「もしもそのキャラクターが現実に存在するとしたらこんな感じだろう」と、想像した通りの人間が存在していたのだから。
後光が見えた。いや、マジで。
それなりに身長の高い私が、グッと見上げなければならないほどの高身長。
スラリと伸びた長い手足。
涼やかな切長の眼差し。
照れたようにはにかんだ笑顔は可愛らしくて、ほわっと優しい雰囲気があった。
いい男といえば=ジャニーズしか見てこなかった私が、初めて現実の男性に恋をした瞬間である。
3.振り返れば君がいる
イベントは盛況のうちに終了した。
先輩がコスプレをした(させられた)不二周助というキャラと、作中でよく不二くんと絡みがある菊丸英二のコスプレをしていた私は、イベント中、先輩の隣にいることが多かった。
その頃から根暗であった私は、大したコトをお話しできたワケではなかったが、ほんのり仲良くなれた気がして、その日の夜はドキドキして眠れなかったことを覚えている。
この時、実は私は、まだ10代。
ここから通算6年間。
私は先輩に恋をし続けることになる。
先輩がコスプレをするのは、この1回きりだと聞いていた。
私たちが企画した“大規模合わせ“に参加してもらうためだけにコスプレをしてもらったので、そこから先、先輩をイベントで見かけることはなかった。
先輩と次に出会ったのは、Aの家でやった飲み会の席で、だった。
変なところで真面目だった私は、仲間内の飲み会に参加しても酒を飲んだりはしなかったが、飲み会の雰囲気、朝まで駄弁ってぐだぐだ過ごす雰囲気が好きで、ちょくちょくそうした飲み会に参加させてもらっていた。
闇鍋でもやろうぜ、なんて。
仲間たちと鍋の材料を買って、Aの家に向かうと、なぜか台所で先輩がAと一緒に野菜を切っていた。
振り返った先輩に「ひさしぶりだね」なんて声をかけられて、私服なのにめちゃくちゃ素敵だなこの人!!と私はアホの子のようなことを思っていた。
私と先輩の距離が縮まったのは、たぶんこの飲み会のおかげだと思う。
たまたま隣に座った先輩といろんなことを話して、お互いに音楽が好きだって知って。
「じゃあ今度カラオケでも行こう」と、連絡先を交換した。
4.落ちる、落ちる、落ちる
そこから3年くらいかな。
私と先輩は、普通の遊び友達になった。
カラオケに行ったり、どこかに遊びに行ったり。
先輩はものすごく歌が上手くて、都内でバンドのボーカルもしていて、そのバンドのライブに招待してもらったこともあった。
私もその頃はバンドを組んでいたから、自分らのバンドのライブに来てもらったこともあった。
先輩のライブを観たとき。
正直、私は、逆立ちしてもこの人のようには歌えないと思った。
思い知らされた。自分の未熟さを。
パフォーマンス、歌の上手さ、人を惹きつける表情、声、全部。私では敵わないと痛感した。
勝てるところが、ひとつも見つからない。
私では、先輩の下位互換にすらなれない。
だから諦めた。
バンドで上に行くことを諦めた。
先輩は、私に恋を教えてくれたけれど。
同時に、私の夢を奪い去っていった。
憎らしくて。でも、好きで。
負けたくなくて。でも、敵わなくて。
片想いがどんどん辛くなってきた頃。
先輩が、私の住む町に引っ越してきた。
5.縮まらない距離
仕事の都合で、先輩が地元に引っ越してきた。
なんの因果か、めちゃくちゃ家も近くて、これまで以上に、私と先輩は遊びに出かける頻度が増えていった。
地元を案内する、なんて名目で、テーマパークに遊びに行ったり、有名な観光名所に連れていったり。
でも、そうして物理的な距離が縮まっていくにつれて、私はどんどん苦しくなっていった。
先輩の隣にいることが、辛くなっていた。
進展しない片想いが、辛かったワケじゃない。
大して美人でもなく、気を使えるワケでもなく、ほぼほぼ平凡、ただの一般人の私が、先輩の隣にいていいのか、とずっと思っていた。
道を歩けば、すれ違う人が振り返る。
カフェに入れば、先輩を見て女性たちがヒソヒソと囁きだす。
飲み屋街でほんのちょっと離れれば、数分後には女性に囲まれているような人である。
ただの友人ならば。
きっとそうした視線は、気にならなかった。
もしも私が先輩の恋人ならば。
イライラしながらも“恋人だから“と堂々としていられただろう。
けれど、現実は残酷で。
私が先輩に恋をしている以上、ただの友人ではあり得ず、片想いをこじらせた今となっては、自然に身を任せていても、なし崩し的に恋人になることも望めない。
それでも先輩との関係は断ち切れなかった。
劣等感にさいなまれても、たとえ先輩が私のことを“仲の良い友人“としか思っていなくても。
それでもいいから、この人の隣にいたかった。
6.あさきゆめみし
それからまたしばらくの時が経ち。
あれは、雪の降る冬の日だった。
夜、先輩と飲みに出かけた私は、珍しく酔っ払っていて、しんしんと雪が降り積もる道を、ふたりで歩いていた。
家への帰り道。
真夜中で、雪も降っていたから。
通りすがる車も人もなく、じーんと音がするくらい、静かな夜だったことを覚えている。
前を歩いて、時折振り返ってくれる先輩の背中が、私の吐く息に合わせて白く霞む。
「先輩」
「なーに?」
「……。やっぱ、なんでもないです」
「それ、なんでもないって顔?」
この日、幾度となく繰り返したやりとり。
先輩はただ苦く笑った。
「先輩」
「んー?」
「先輩は」
「うん」
「先輩は、ずるいです」
この6年間。私がどういう気持ちでいたかなんて。
勘のいいあなたなら、もうわかっているだろう。
手も繋がない。キスもしない。
体を合わせることもなく、そういう雰囲気になることすらない。
友達だった。紛れもない友達だった。
でも。私が先輩を“どんな意味で好きか“。
わかっているくせに、離してくれない先輩が。
ずるくて、憎くて、悔しくて。
……大好きだった。
「俺さ」
「はい」
「結婚するんだ」
「知ってます。でも……」
「うん。だから」
「ーーだから、その先は言わなくていいよ」
数日前のこと。
私のもとにAから連絡があった。
「B(先輩)、結婚するらしいけど、リト知ってんの?」
知らない。知るワケない。
聞いたこともない。いや、むしろ。
先輩に恋人がいたことすら、初耳なんですけど?
驚いた私は、すぐに先輩と飲みに行く約束をとりつけた。
嘘でも本当でも、本人から真実を聞きたかった。
いないわけないとは思ってた。
そりゃ、あれだけカッコいい人だし、恋人がいないほうがおかしかった。
いいんだ、片想いだから。
この頃には自分の気持ちを告げるのを諦めていたし、自分が恋人になりたいなんて、大それた願いを抱いたりしない。
でも、まさか、いきなり結婚、って。
「言わなくていいの?好きだってこと、言わないまま諦めるの?」
Aにはそう叱咤されたけど、今更、言ったところでどうにかなるわけじゃない。
現実的に考えて、結婚を取りやめて、私とつきあってくれたりはしないだろう。
一晩くらいなら、お情けで付き合ってくれるかもしれないが、たとえそうなったところで、自分が惨めになるだけだ。
「その先の言葉は俺じゃなくて、リトが本当に好きになった人に言ってやって」
「私が、本当に」
「俺はたぶん、ただの“憧れ“の延長線だから」
先輩。確かに私の恋のはじまりは、あなたへの憧れからでした。
自分の理想をこねくり回して、この世に顕現させたような、あなたに恋をしただけでした。
でも、でもね。
憧れだけで6年間は、恋は出来ないよ。
あなたの言う“本当“が、どういうものかはわからないけれど。
あさき夢のような、おろかな想いだったのかもしれないけど。
私は今も、あなたへの恋心は、本物だったと信じてるよ。
7.白銀に散る
こうして私の恋は終わった。
恋と同時に、存在したかわからない友情も終わるかと思っていたけど、意外とそんなこともなく。
私と先輩は、今も良い友人である。
けれど、この恋は私の心に深い傷を残した。
片想いが、片想いのまま、終わってしまったからではない。
片想いを、好きだという気持ちを。
伝えられずに、終わってしまったことが、私の心に強い後悔を残した。
言っておけばよかった。
断られても、関係が途切れても。
自分を納得させるために、スッキリするために。
たった1度でいいから、先輩に「好きだ」と言えばよかった。
あの白銀の夜。
白く煙る先輩の背中に、叫べばよかったのだ。
聞こえないふりをされたっていい。
「大好きだった」と告げるだけで、きっとあのときの私は救われたに違いないのに。
私は心に決めた。
もしもいつか、先輩以上に、心の底から好きになれる人が現れた、そのときには。
ちゃんと「あなたが好き」だと伝えようと。
そして、その決意を無駄にしなかったから。
私は今、ここにいる。
大好きな人の隣にいる。
もしもサポートをいただけたら。 旦那(´・ω・`)のおかず🍖が1品増えるか、母(。・ω・。)のおやつ🍫がひとつ増えるか、嫁( ゚д゚)のプリン🍮が冷蔵庫に1個増えます。たぶん。