オアシス
たまたまそこにいたから、たまたま長く続けられているから。
基本的に受け身だけど、攻める時はその気で臨むし、熱い空気感にも慣れた。
この調子でいけば見てくれる人が増えていき、いつかこれで生活していける、という自信がある。事実根拠もあるし、これだけ長くやっているから根気もきっとある。
好きなことをやり続けて、良い気の廻り方をしている人たちと仲良くすることを心がけて、終電で帰る。そういう人たちが街に溢れている。
彼らは自分自身に対して、どこか自信がある。
成功している人の話を真剣に聞いて、考えて、悩んで、立ち止まってたまるかと鼓舞する事に体力を使う。
どこかに、誰かの言葉に、正解の道はある。
この作品の鑑賞に、このお金の使い方に、きっと価値がある。足を止めてたまるか。
それを数年やる。伴って肥大化したプライドが大きな凝りになって、心の底に錨を下ろす。ここから動いてたまるか、だって信じているんだから。
そうしているうちにやがて、なにを見てなにを聞いても、それが心に響かなくなっていることに気づく瞬間がある。
その瞬間は、週末の飲み会を楽しみ、休日の旅行を趣味にする旧友の話を聞いた帰り道に訪れる。
かわいい子供の背中を見たときに、仕事帰りの疲れた母親の寝顔を見たときに、訪れる。
こうなった若者は、幼い頃から手に握っていたありとあらゆる情けを敵と見なして、錨の刺さった鉛のような心を味方につける。
情けは、直感的であると同時に自然的で、鉄の匂いがしない。
星のない空の下、銀色の砂漠を歩いている。
オアシス