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体験記 〜摂食障害の果てに〜(44)

 そこへ、副腎の薬が出されました。最初は、点滴で首から入れました。すると、いつものムカムカが起きず、なんだかとても気分が良いのです。効果があるとわかってからは、口から飲む錠剤に変わりました。
 副腎の薬は錠剤なのに、ひどい苦さです。錠剤が飲みにくいので、粉にしてもらったら、極上の苦さでした。
(点滴のままでいいのに。)
 と、思いました。
 主治医の先生が言うことには、少しずつ、点滴で入れていたものを、口から飲む薬に代え、点滴を外していくようにしなければならないそうです。
「点滴をしたまま、お家に帰れないでしょう?」
『お家に帰る。』
 この言葉は、今まで、遠く霞んで朧げでした。本当にそんな日がくるんだろうか、とさえ思われました。それが、にわかに現実味を持って迫ってきたのです。でも、点滴を外すのは不安です。血糖値が一気に下がるからです。あの日襲ってきた激しい吐き気と、全体力がベッドの下に抜け落ちていくような苦しみを思い出します。天井を見て過ごすだけの数日間を、再び繰り返したくありません。大きな壁に思えました。
 しかし、主治医の先生は、着々とその準備を始めました。副腎の薬を皮切りに、今まで点滴に混ぜて処方していた様々な薬を飲み薬に代えていきました。飲み薬の殆どが錠剤だったので、飲みこせず困りました。膵臓に水が溜まり絶食して以来、喉の線が細くなり、大きめの錠剤は喉を通らないのです。そこで、看護師さんに固い物で砕いて粉にしてもらい、ジュースに溶かして飲みました。『薬をジュースで飲んで良い』というのは、薬剤師さんから教わったことです。おかげで、薬の時間が、ちょっとだけ、楽しみになりました。
 吐き気がなくなって、食べ物の量も増えてくると、主治医の先生の言葉も変わってきました。
「下尾さん、今日はすごく良い。非常に良い。」
 毎週、血液検査があります。当初は、全ての項目が異常値を示し、真っ赤だった、と母が言っていました。私は診させてもらっていませんが、おそらく、正常値に近づいていたのでしょう。以前は、
『あなたの体の栄養バランスは滅茶苦茶だ。助かるかどうか、わかりません。でも、やるだけのことはやってみます。いいですか、どうなるか、わかりませんよ!』
 と、言っていたのに。一気に何もかもが良くなっていく気がしました。
 ベッドの起こしたり倒したりを、看護師さんに頼まず、自分でするようになりました。リモコンでベッドを起こすと、窓の外に中学校の運動場が見え、部活動をしている生徒たちの姿が見えました。ラケットを振り、ジャンプしたり走ったり、とても元気そうです。
(ああ、元気っていいなあ。私もあんな風に元気に飛び跳ねていた時代があったのに。)
 ベッドから足を下ろすこともできない体になり、外の空気を吸って歩くこともできない。そんな当たり前の動きが、自分にはできないなんて。それもこれも全て自分が、食べなかったせいだ、と思うと、してもしつくせない後悔が押し寄せてきました。
                          (つづく)

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