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宇宙のコンビニ
『ひみつの小部屋』
オリに閉じ込められたオオカミは、草原を夢見るだろう。心苦しさにとらわれた者は、心を休ませる場所が必要だ。この『ひみつの小部屋』は、宙に放り投げるだけで、好きなものがつまった小部屋が現れる。
そこでは、別の時間が流れ、どれだけ長い時間くつろいでいても、出てくる時は、一秒後、あるいは10年後、好きな時間の中に現れることができる。
ただし、あまりにも楽しすぎて、外の世界に出てくるのを忘れないように。時間の渦の中で、君の存在が消えてしまう。
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宇宙のコンビニに坊様がやって来た。垂れた眉毛は松に積もる雪のよう。長い顎ひげ揺らし、こちらへ近づいてきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。お客様。」
私は、宇宙のコンビニの店長。坊様を迎え、挨拶する。
「私は、日々、多くの弟子たちに囲まれ、生活しています。村の者たちは、ひっきりなしに相談事を持ち込んできて、心休まる間がありません。昔は、それを自らの勤めと心に言い聞かし、胸を反らしていましたが、近年、それが苦しくなって参りました。休日には、私も、弟子たちのように、手足広げ寝そべってみたいのです。このように願う私は、不謹慎で罰当たりでしょうか?」
坊様は、雪の下の目をしょぼしょぼさせた。
「心の素直な声を聞いたのです。誰にだって、心の洗濯は必要です。こちらへどうぞ。あなたにぴったりのものが見つかるでしょう。」
私は、坊様を店の奥の沼へと案内した。
坊様は、念仏を唱えつつ、沼へと沈んで行く。波紋ひとつ立たない水の面を、時間だけが滑っていった。
やがて、プクプクと泡が立ち、沼の底から坊様が上がってくる。
「これが、私の目に、ピカリと光って映りました。」
坊様は、マッチ箱のようなものを、私に渡した。
「これは、『ひみつの小部屋』です。宙に放り投げると、あなたの好きなものがつまった部屋が現れ、楽しむことができます。」
坊様は、一瞬、目を輝かせたが、
「しかし、私の姿が見えなければ、弟子たちが騒ぐだろう。」
と、しょんぼりした。
「ご心配には及びません。この中では、違った時間が流れます。中に入った一瞬後の世界に出てくることができるのです。」
坊様は、納得した表情になり、懐から紙に包んだ筆を取り出した。
「これは、妖怪のしっぽで作った筆です。山の中で悪さばかりしていた妖怪を改心させた時、もう二度と人を困らせない、と誓わせ、しっぽの毛を引き抜きました。これに墨をつけ、一筆書けば、黒雲が湧き、嵐が起こります。今まで、他の者に任せることができず、私が持ち歩いていましたが、あなたなら、お任せできそうです。どうぞ、お収め下さい。」
坊様から筆を受け取ると、『ひみつの小部屋』を渡した。坊様は、雪の下の目を和らげると、宇宙のコンビニを去って行った。
坊様は、厠の外にいた。弟子たちの声が、境内から響いてくる。庭には梅が咲き、ウグイスが鳴いている。
坊様は、懐から『ひみつの小部屋』を取り出し、宙へ放った。
わっと大きくなり、茶色いドアノブを坊様に向けた。坊様は、おずおずと、ドアを開ける。
部屋の中央に、ゆったりした丸椅子があった。日の当たる窓辺に机が置かれ、その上には、竹細工の材料が並べられてある。
以前からやってみたいと思いつつ、ついに何十年も手付かずに過ぎた、坊様の趣味だった。
坊様は、子供の頃のように笑い声を上げ、竹細工を手に取る。それから無心に細工に熱中する。
楽しい時間は、瞬く間に過ぎ、心地よい疲れに、バタリ、と後ろに寝転ぶ。何十年もの疲れが、じんじんと床に吸い取られるようだ。そのまま、ぐうぐう、手足広げ、寝入った。
どれだけ眠ったのだろう。弟子たちの顔が浮かび、跳ね起きる。
恐る恐る『ひみつの小部屋』を出てみると、外の世界は、一分一秒変わらない時間の中にあった。
村人が、「和尚様、和尚様。」と、駆け込んでくる。相談事に仲裁、耳を傾け、仲をとりなす。
寺の境内では、弟子の一人が蜂の巣を見つけて大騒ぎ。お勤めをサボって、皆でワイワイやっている。
以前なら、険しい態度で叱りつけてばかりいたが、今は、穏やかな心持ちで、場を収めていく。
皆の坊様への信頼、益々厚く、寺は長く繁栄したという。
(おわり)