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宇宙のコンビニ

『たからのゴミ箱』

 清潔なティシュも、ハナをかんで丸めて捨てれば、ゴミになる。しかるに、この『たからのゴミ箱』に捨てれば、それら全て宝に変わる。金銀財宝、瑠璃に玻璃、王女様のネックレス……宝は人それぞれ違う。何に変わるかは、覗いてみてのお楽しみ。

『たからのゴミ箱』


 ある作家の青年が、一心不乱に原稿用紙に向かって書いている。書けどもモノにならず、ゴミ箱は、クズの山となる。
「あなたの頭には、ゴミが詰まっているんだ。そのゴミ箱と同じ状態さ。もう、やめたまえ。」 
 客が言う。それでも青年は口を引き結び、書き続ける。客が帰った後、ふと、手を止め、自身の作ったゴミの山を眺める。
「これら全てが宝に変わったら、良いのに。」
 と、呟いた。

「ようこそ、宇宙のコンビニへ。いらっしゃいませ。」
 私は、宇宙のコンビニの店長。やって来た青年に挨拶する。
「やあ、ここが宇宙のコンビニか。まさか、本当に来ることができるなんて思わなかった。」
 青年は、ぐるりと辺りを見回し、言った。
「何をお望みでしょう?」
 私が尋ねると、
「僕の作ってきたゴミが宝に変わる物を。」
 と、青年は答えた。
「では、こちらへどうぞ。あなたの望みのものが見つかるでしょう。」
 私は、青年を店の奥の沼へ案内した。
 沼は緑に静まり、底が見えない。水生植物が所々で花を咲かせていた。
「僕は歩くのは得意だけど、水中では、カナヅチなんだ。」
 青年が言った。
「それは、好都合。沼の底は、歩くことができます。」
 私が言うと、青年は、
「そいつは良かった。歩いて探しに行ってこよう。」
 と、沼に足から沈んで行った。
 私が青年を待っていると、アブクがぼこぼこと水底から上がってきて、向こう岸へと移る。そのアブクを目で追っていると、にょっきり手が伸びて、水中に垂れ下がっていた蔦の端を握り、青年が岸へ上がってきてきた。
「この沼に階段をつけておいてくれませんか。一生、水中生活になるかと思った。」
 と、青年が肩で大きく息をした。そして、
「こんな物を見つけました。」
 と、筒状の容れ物を私に差し出した。
「これは、『たからのゴミ箱』。ゴミが全て宝物に変わるのです。ただし、何を宝物と思うか、それは人によって様々です。必ずしも黄金の冠が入っているとは限りません。」
「ああ、なら、僕にぴったりだ。僕には、何が一番の宝か、とっくの昔にわかっている。」
 青年は、『たからのゴミ箱』に手を伸ばしてきた。
「お客様、代金をお支払いください。」
 私が言うと、青年は、一瞬、考え込む顔つきをし、
「僕が最も尊いと感じるものを、あなたに差し出そう。」
 と、答えた。そして私の耳に近づき、
「ありがとう。」
 と、ひとこと、言った。
 私は、にっこり笑い、
「最高の宝が手に入ると良いですね。」
 と、『たからのゴミ箱』を青年に手渡した。

 青年は、自分の部屋に戻ると、いつものごみ箱と『たからのゴミ箱』を置き換えた。机につき、再び原稿を書き始める。
 しばらくして恋人が部屋に訪れた。ゴミ箱の中の丸めた紙を眺め、
「もう書くのをやめたら? いつまでそんなくだらないことに熱中しているの? 私に指輪の一つも買えないのに。私と書くことと、どっちが大切なの?」
 鼻をぐすぐすいわせ、涙一つ、ぽろん、とこぼした。それをティシュで拭き取り、丸めると、ゴミ箱へ投げ捨てる。
「いいわ、いつまでも書いてらっしゃい。私はもう、いないから。」
 怒って部屋を出ていく。
 青年は、書き物の山場を越え、はっ、と顔を上げた。
「いつの間にいなくなったんだろう?」
 熱中すると、周囲の音が消え、原稿用紙以外、見えなくなる。
「またやっちまったのか。」
 頭をかき、山になったゴミ箱を見る。
「いつもと同じに見える。本当に変わったんだろうか?」
 青年は、ゴミ箱からゴミを掻き出し始めた。
 と、キラリ、赤い光が見えた。
「何だろう?」
 取り出すと、それは、赤いルビーの指輪と、涙を連ねたような真珠の首飾りだった。さっき、彼女が投げ入れたティシュの玉を思いだし、慌てて自分が丸めた原稿を開いてみた。
「なんて素晴らしいんだ。」
 震える手で原稿をつかみ、感動で胸がいっぱいになった。
 その時、ルビーの指輪が、キラリと光り、彼女の目が見えた気がした。
 時計を確認する。最終列車まで間に合う!
「えいくそっ! 宝がいっぱいで、何から手をつけたらいいか、わからなくなってくる!」
 と、叫び、ルビーと真珠をつかむと、部屋を飛び出して行った。
                           (おわり)


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