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体験記 〜摂食障害の果てに〜(35)

肺の水抜きを止める

 主治医の先生が部屋にやって来て、突然「肺の水抜きを止めます。」と言いました。私は驚いて、しばらく言葉が出ませんでした。
「でも先生、また心臓が苦しくなったらどうしますか?」
 心臓が騒いだり、水の底に沈められたように息苦しくなって、いつ心臓が止まるかわからない恐怖に又襲われるのかと思うと、不安でたまりませんでした。でも先生は、
「抜けば抜くほど、点滴で入れた栄養が出てしまいます。それに長期間、管を入れておくべきではない。細菌感染する恐れがあります。」
 と、厳しく言いました。それから、
「肺の水を抜いた分、更に水が溜まっていくのではないかという疑いがあります。」
 と、言いました。
 肺から抜いた水は、一日で一リットル以上はありそうでした。書類ケースのような平たい容器に、気胸のとき肺に繋げたチューブで水を抜き取って溜めていました。黄色く濁った色をしていました。ベッドの横に吊るして、いっぱいに溜まったら、看護師さんが捨てに行ってくれました。
 私は、タンパク質が抜け出ていっても、仕方がない、と思っていました。点滴をしているのだから、抜けても入ってきます。そのうち、体が良くなって、タンパク質も増えていったら、なんとかなるのではないか、と考えていました。自分の体の状態を何も知らなかったのです。苦しみから逃れることだけを一番に考えていました。
 でも、母や主治医の先生にとっては、私の命を吸い取って捨てている感覚だったのかもしれません。母は面会に来るたび、
「こんなにも水が溜まって……。」
 と、抜き取った水の量の多さを、昨日より多いか少ないか、気にしている風でした。
 最初は気胸を患った左の肺だけだったのが、右の肺にも水が溜まり始めていました。先生は深刻な顔で、私にそのことを告げました。私は、なぜ、そんなに肺に水が溜まるのか、不思議に思いました。
 先生が止めると言った翌日には、チューブに留め具がつけられていました。それに気づいて、私はひどく不安になりました。
 心臓が苦しくなったら、すぐに先生に言って、水を抜いてもらおう、と決心しました。
 肺の水抜きをやめた代わりに、看護師さんが朝の点滴の時、利尿剤を首のCVから注射器で入れました。肺に溜まった水を、今度は尿にして出してしまう作戦です。
 母が、面会の時、
「先生が、他の先生達と相談して決めた。」
 と、教えてくれました。私の腎臓が正常に働いて、尿を作ることができたから、この方法を実行できたのだそうです。
 この作戦は大成功をおさめました。でも、利尿剤が効きすぎて、尿が六リットルも出た日がありました。私の尿は毎回計量され、用紙に記入されていました。尿がオムツから漏れ、着物もシーツもびしょびしょです。看護師さんが、二人がかりで、それら一式取り替えてくれました。私は、少し動かされただけで、吐き気に襲われる日が多かったので、看護師さんは、できるだけ私を動かさないように注意しながら、取り替えてくれました。尿漏れは、ほぼ毎日で、看護師さんに済まない気持ちでいっぱいになりました。
                           (つづく)

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