ここから先に光は〜難病からの帰還目指して〜その11

 眠れないので睡眠剤をと看護婦に頼んでみた。暫くして返ってきた返事は「ありません」だった。おかしい。渡り廊下で繋がっているお隣の精神科病院では、眠れないというと超強力なやつを貰える、睡眠導入剤は必ずと言っていいほど処方される。なのにこちらでは「ない」という。おかしい。しかしノーと言われるので仕方ない、夜間警備が見回りにくる時刻まで寝付けない日々は続いた。
 朝食後になんとはなしに新聞を捲っていると、いつものように父が顔を見せた。電気カミソリを当ててくれるのはいつも通り、新聞の上にペーパーを置くのはいつもと違う。

一人で トイレを使えるようになるまで
看護婦さんと頑張りましょう
(退院に向けて)
今は 尿失禁の状態

 外来診察を受けてる循環器内科医のサイン。がっかりした。やっぱり。まだひとりでトイレに行くことが出来ないと思われてる。凹んだ。
 病室に戻るとお向かいさんが空っぽになっていた。入れ替わりが早い。なのになんでこちらは帰れないんだろう。悶々としていると、はじめて見るイケメン看護師に車椅子に載せられた。
 突き当たりにある詰め所は女性看護婦ばかりだ。夜間を中心に少なからずいる男性看護師はどこか別の場所から現れる。どちらかというと整体やマッサージの資格保持者が男性に多い様子。
 イケメンは車椅子を廊下奥へと向かっていく。おいおいそっちは行き止まり、と思いきや右方向へ。浴室がある。利用時間が貼ってあるが時間外、無視して靴を脱げと示される。脱衣所で介護パンツを降ろして裸になった。看護師に引き摺られるようにシャワーを。ほぼ一ヶ月ぶりに体を洗った。気持ちよかった。素直にありがとうが言えた。
 帰りたい思いは残っているが、逃走するのは諦めた。諦めたが逃走する夢想ばかりしている。階下へ。寝間着のまま外へ。夕暮れの街をひたすら歩く、歩く、歩き通す。門扉を開ける、鍵がかかったままだからチャイムを、ピンポーン。父が覗く、目を丸くする、入ろうとするのを阻止して父に寝巻きを掴まれる、ずるずる逆戻り、車庫まで引き摺られる、血の跡がずるずるずる、助手席に押し込まれ車は発進する、嫌だやめて帰る、ドアを開け転がり落ちて。
 看護婦が何か喋っている。無論聞こえない。補聴器ないからぜんぜん分からない、もっと耳元で話して。仕切りカーテンを開けベッドごと運ばれる、ごろごろ、ごろごろ、何処へ。このベッド可動式なんだ。はじめて気付いた。廊下の先は外が明るい。窓の外が明るい部屋。また病室が変わった。

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